スタッフのチカラ サブメニュー
スタッフのチカラ
画像保存セミナー『画像保存の過去・現在・未来』参加報告2008年11月19日島田要
社団法人日本写真学会主催の画像保存セミナーが10月30、31日の両日、東京都写真美術館ホールで開催された。今回は、「画像保存の過去・現在・未来」をテーマに、開催25周年記念特別企画として福原義春氏(東京都写真美術館長)と、画像保存および写真保存科学分野での世界的な権威である米国ロチェスター工科大学画像保存研究所(IPI : Image Permanence Institute)所長のジェームス M. ライリー氏の特別講演のほか、様々な形で「画像保存」に関わり活動している国内の研究者らの講演も行われた。今後ますます重要な課題となっていくデジタル・イメージングやそれによる保存技術、映画フィルム・アーカイブにおける保存の取り組み方など、それぞれが非常に充実した内容だった。また、講演の最後にはパネルディスカッションが企画され、異なるバックグラウンドを持つパネリストたちによる活発な討議・情報交換が行われ、「画像保存」とその周縁の幅広い話題を取り上げた、中身の濃い討論の場となった。
以下ではライリー氏による2つの講演を主に報告する。
The Past and Future of the field of Photograph Preservation
「写真の保存の過去と将来」をテーマとして、歴史的手法で撮影された写真のサンプルをスライドで紹介しながら、写真技法が生まれてから今日まで、どのような技術的課題やイノベーションがあったのか、イメージの安定性・耐久性向上の積み重ねとともに発展し産業化と標準化がされていく写真の歴史を、保存科学の視点から、しかし堅苦しくなくユーモアを交えながらたどる内容であった。
ライリー氏は写真保存の議論を始めるにあたり、言葉としての写真(Photograph)とは、Photo(光で)Graph(記録する)というのが元々の意味であり、写真を「光と化学反応を起こすことによって作り出されるイメージのオブジェ」と定義づけた。イメージングにおいて他の技術が台頭し主流となっている現在、いわゆる従来の写真(銀塩写真)は終焉を迎えつつあるという。アナログからデジタルへという進展の中で、こういったことが写真の保存分野でどういった意味を持つのか、今真剣に考える必要があるという。写真はどうして特別なのか?写真が持つユニークさとはいったい何なのか?写真が有している価値とは?人はなぜ関心をよせるのか?—と問いかけ、「写真なるもの」の全体像の中で、別の観点から写真の文化遺産としての価値、美術的・資料的価値をもう一度位置づけることが必要ではないのかと述べた。
このような価値があるからこそ写真に関する研究、保存に関する研究が今まで続いてきたし、これからも続いていくだろうとし、将来の世代は、過去の技術から生まれた銀塩写真を、絵画、製版、版画、今においてはインクジェットや電子写真、こういった脈々と続く幅広い意味に置けるグラフィックテクノロジーの連続体の一段階として理解していくのではないかという。写真保存は成長しさらに範囲を拡げていくことに関しては疑いがなく、既存のものに加えてもっと新しい技術、それから視聴覚資料さらにはデジタル・ファイルの保管技術のような新しい技術もこの分野に入ってくると述べた。
では、写真のコンサーベーションはどうかといえば、やはり専門的技術が必要とされてきたし、これからもずっと変わらずに必要とされる。歴史を辿っていくと、イメージを作る上で様々な手法があり、それぞれが独自の美学、特徴をもっている。保存にあたってはやはりそれぞれの技法や手法が独自の課題と問題を抱えている。そこで重要なのは技法、素材を分析し、さらには従来の写真のイメージング技術に関してできる限りの情報を入手することだという。また、写真コレクションのデジタル変換に関しては、イメージの品質、変換を行う際の品質管理、どういったファイル・フォーマットやイメージの圧縮法を使うのか等が重要な研究対象となっており、実践の上でも重視される項目になっている。これは、写真保存においても同様で、スペシャリストに求められる必須の新しい役割になる。デジタル化そのものが可能かということだけでなく、イメージの品質等、デジタル化に関するポリシーを定めて実践に移し、方法論を確立することが重要であると述べた。
ライリー氏は講演の最後に、IPIとGeorge Eastman Houseがまもなく共同で立ち上げる新しい組織 Center for the Legacy of Photography を紹介した。設立の目的は、写真が持っている特徴はいったい何なのか、独自性は何なのかをこれからも引き続き問いかけ、情報資源を構築すること、また将来の世代のために過去のテクノロジーや写真の材料に関する知識を集めて記録化し、研究していくことという。
An Outline of Recent Advances in Photograph Preservation
ライリー氏の2番目の講演は「画像保存の現状」をテーマとして、氏が設立当初から現在まで所長を務めるIPI設立のコンセプトと歴史、および独自の研究や評価法のプロモーションと実践を積み重ねてきた研究所の成熟過程を解りやすく語った。またIPIが手がけるフェローシップ・プログラムやPreventive conservation / Conservation / Treatmentなどの教育プログラムの紹介、外部機関への保存協力活動–等、様々なカテゴリー・観点から新しい研究成果も含めて解説してくれた。
これまでIPIが提唱してきた写真のPreventive Conservation(予防的な保存処置)におけるポリシー、写真コレクションの状態調査、アセスメント、最新のキャラクタリゼイション法(写真の分析法)、環境測定の最新のツールとテクノロジー、蓄積してきたデータの公開とその活用法-等、この分野におけるIPIの活動のイニシアティブ(先導性)を印象付けるものとなった。そしてデジタル変換の問題、さらには気候変動と保存環境の研究、それらの新しい課題が抱える問題の具体的解決に焦点を当てて、今後の方向性をたどるという興味深い講演だった。
両日の講演を聴いて
ライリー氏のも含めて、全体に技術研究に関する発表が多いのではと予想していたが、実際には今現在のホット・トピックであるデジタルプリンティング技術の可能性、新しい技法で生まれた作品の保存性の問題、媒体変換の問題、写真保存に関する教育プログラムの問題–等、様々な問題提起がされ、一方で写真を巡る「哲学的」な議論もかわされるというように大変に有意義なものであった。写真コレクションのためのデジタル技術には多くの利点があるのは明白であるが、しかしながら、テクノロジーとしてはまだ若く、社会状況の変化を踏まえると、最終的な保存形態として定着するのにはまだ長い道のりが続く、流動的な技術であることが理解できた。
写真の歴史の上で大きなターニングポイントの時期である現在、近い将来を見通すことさえも難しい状況に切口を開くには、大きく変化しつつある写真文化の継承・新しい写真保存の考え方にどう対応し、技術や新しい動向をいかに取り入れていくか、という認識が必要ではないかと思った。また、この画像保存セミナーのような、多分野の様々なレベルの様々な専門家たちが集まり、悩みや問題、蓄積した成果やこれからの展望を、画像保存をベースに置いて話し合う「場」で対話する事で、写真保存に対する、私たちの知識と認識の重要な隙間を埋めるはずである。
「社会での写真文化の価値」といった言葉が、講演の中で繰り返し出てきたことが印象的だった。写真の社会的役割、写真芸術の新しい評価と次世代への継承は社会全体の課題であり、写真においても「過去を保存し未来に繋ぐ」ことが大切なのだという認識が広く普及すれば、このスケールの大きな課題の解決に繋がるのではないかと思う。
美的な楽しみ、過去に対する関心またはノスタルジア、我々の総体的な遺産と記憶の一部分を成す「写真」は、色々な理由から人々の関心を引く。写真保存に関する考え方を活性化させてくれるような、非常に広範囲で関心を引く話題が登場した今回のセミナーに参加し、情報資源を共有することがいかに重要なのか、その意義と必要性を改めて認識した2日間となった。
今回のセミナープログラムは社団法人日本写真学会のHPよりご覧いただける。また講演要旨集が購入できる。