スタッフのチカラ

水害を受けた紙資料の簡易・迅速な緊急避難法

2012年07月12日株式会社資料保存器材 島田要 , エージレスサービスセンター株式会社 及川和男 , 三菱樹脂株式会社 桂昌義

第34回文化財保存修復学会in東京
要旨 [PDF 380KB]
発表ポスター [PDF 208KB]

1.はじめに

弊社(株式会社資料保存器材)は、東日本大震災で津波被災した文書等救済支援のためのボランティア組織「東京文書救援隊」の一員として、2011年6月以降、東北各地で被災資料の救助・復旧活動を支援してきた。この活動の中で、カビなどの微生物による生物劣化をできるだけ抑え、その後の応急的な保存処置に繋いでいくために、被災現場で迅速かつ簡易に適用できる緊急避難法が求められた。水害を受けた文化財のカビ発生の抑止のためには48時間、長くても72時間以内に乾燥に持ち込むのが定石とされているが、現実にはこうした対応は難しいためである。

他方、文化財の防虫・防カビを兼ねた保存法として、従来から脱酸素剤を利用した脱酸素処理法1),2)が広く適用されている。今回の被災資料の救助・復旧の場面においても、カビ繁殖抑制の方法として採用された3)。しかし、実際には熱シールによる封印のために、完全密閉の確認等、取扱いに難があり、誰もが適正に行えるとは言い難い状況にある。またシーリングに電気を使うことから被災現場での導入には限界があった。

このような状況を踏まえ、今回、脱酸素剤およびフィルムメーカーの協力を得て、緊急避難に特化したシール法(スライド・チャック式)で、迅速かつ簡便に低酸素状態を形成し、一定期間(3ヵ月)維持できる包装材を開発した。「カビを増殖させない」ことを基本としつつ、現場で実行可能で、乾燥までの「時間稼ぎの手段」の確立を主たる目的としている。本稿では、これによる実装テストを行いカビの抑制効果を実証したので報告する。

スライド・チャック式ガスバリア袋を使ったパッキング方法

使用するもの : スライド・チャック式ガスバリア袋 / AgelessR ZP 3000(2個)/ Ageless-eyeR(酸素検知剤)/ 段ボール

 

2.実験

脱酸素剤は、ガスバリア性の高い包装材と組み合わせることで、密閉袋内の酸素を吸収し、一定期間の脱酸素状態を保ち、酸素の存在に起因する微生物による危害を防止する技術である。一般的な真菌は、酸素濃度を1%以下にまで下げると生育は著しく抑制され、0.1%では少数の限られた菌種のみがわずかに生育できるだけである。自明のことであるが、付帯要件として酸素を透過しない適正な包装材およびシールの完全性が求められる。

脱酸素剤の特徴的な機能である酸素吸収力と微生物繁殖に対する抑制効果との係りについて、以下のような実験を行いその有為性を確認した。

 

2-1. 包材設計について:シール法には、袋の内部および外部に圧力が作用した場合でも密封性を保持でき、易開封性を備え、簡単な構成で確実に低酸素状態を保持出来る、三連特殊形状のスライド・チャックを適用した。フィルム基材には、酸素・水蒸気等に対する高いバリア特性、強度と柔軟性のある、2軸延伸ガスバリアナイロンフィルムを適用した。脱酸素剤には、袋内体積と封入する資料の最大重量を考慮し、必要な時間内に低酸素状態になるよう、ZP3000(自力反応型タイプ)を用いた。表1に実験資材の仕様を示す。

 

資材 仕様
スライド・チャック式
ガスバリア袋
・ガスバリアフィルム積層体:N/EVOH/N/LLDPE サイズ(mm):幅450×底幅300×高さ420 ・100μm
・酸素透過度:0.7( cc/m2・d・atm)25℃、65%RH・水蒸気透過度10(g/m2・24h)40℃、90%RH
脱酸素剤 ・AgelessR ZP 3000 (自力反応型・中~高水分用)
その他 ・Ageless-eyeR(酸素検知剤)・OXY-1 (酸素濃度計)・寒天平板培地(PDA) ・試供紙束(濾紙)サイズ(mm):幅330×230×270

 

2-2. 袋内の酸素濃度変化

方法:袋に、試供紙束10kgを脱酸素剤と共に封入した(写真1)。所定の時間ごとに袋内の酸素濃度を計測し、1%~0.1%の低酸素状態までの時間を計測した。袋内の酸素濃度は低下し39時間以内に1%以下になり54時間までには0.1%以下になった。この状態は90日以上持続した(表2)。

 

2-3. 袋内での繁殖抑制効果の比較観察

方法:寒天培地を用いて、被災資料から好気性真菌(カビ)を接種。袋に脱酸素剤と共に封入し嫌気的実験区とした。一方、脱酸素剤を封入しない対照実験区を設定して繁殖状況を比較観察した。実験中の無酸素維持の目安に酸素検知剤を使用した。この結果、極めて顕著なカビ繁殖抑制効果を確認できた(表3)。

3. まとめ

今回は、的確で信頼性の高い初期対応策を確立するため、3つの要素(カビに対する有効性、緊急時の「現場」での実効性、コスト)の最適化に着目し、開発・実装試験を行いその性能を検証した。実験結果から、カビの抑制効果を備えた、簡易な初期対応策として使用できるものと評価した。尚、袋はリユース可能で、3ヵ月経過後は脱酸素剤の入れ替えのみで済むため、コスト面からみても現場導入できるレベルである。カビ菌が原因となる人体被害も未然に防止できることも利点として挙げられる。また、水損資料に対する初期対応だけでなく、保管時の予防策としても有効であると考えられる。

 

参考文献

1)「カビ対策マニュアル 基礎編-文部科学省」

2) 村林茂 「文化財保護への酸素濃度制御技術の応用」

3) 松井敏也 「東日本大震災への対応と課題~茨城にて~ 」平成23年度保存科学研究集会 被災文化財のレスキュー-保存科学の果たすべき役割と課題- P.54

新井英夫・見城敏子・森八郎「文化財の長期保存に関する研究(第2報) 出土遺物等の保存へのBO-PVAフィルムの応用」(1983)P.39

高谷直樹 祥雲弘文「低酸素環境下でのカビの呼吸と発酵」バイオサイエンスとインダストリー63, P.233-236(1988)

Shin Maekawa, Kerstin Elert, The Use of Oxygen-Free Environments in the Control of Museum Insect Pests, Getty Publications (2003)

Shin Maekawa, Sharon L. Jones, Oxygen-Free Museum Cases, Getty Publications, (2008)?

David W. Grattan and Mark Gilberg, Ageless Oxygen Absorber: Chemical and Physical Properties, Studies in Conservation, Vol. 39, No. 3 (Aug., 1994), pp. 210-214

 

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