スタッフのチカラ

学習院大学図書館様所蔵 「華族会館寄贈図書」漢籍・和装本の保存修復処置事例 

2017年06月7日高田かおる

学習院大学図書館様が所蔵するコレクション「華族会館寄贈図書」は平成26年度よりデジタル化事業が開始され、それに伴い損傷が著しく、撮影が困難な資料を対象に保存修復処置も事業の一環として行われてきた。弊社では平成26年度から28年度までの3年間、保存修復処置をお引き受けする機会をいただき、処置を行ってきた。平成26年度は洋装本を対象とし、弊社HPにもその報告を掲載している。今回は平成27年度から平成28年度までの2年間で行った漢籍、和装本資料(277点)に対する保存修復処置について報告する。

なお、このコレクションは同大学のデジタルライブラリーで平成27年度より公開されている。

「華族会館寄贈図書」とは

明治2年に華族に叙せられた旧藩主・公家たちが、明治7年に結成した団体である華族会館は、明治10年に子弟の教育機関として華族学校(現在の学習院)を設立した。設立の際、それまで華族会館が図書館建設を目的に収集していた図書11,000冊(和漢書:9,159冊、洋書:1,614冊)がそのまま華族学校に引き継がれ、現在の学習院大学の所蔵に至った。

コレクション内容は、華族が利用するために購入した国内外の新刊書や、徳川宗家、松平家から寄贈された古典籍類のほか、明治天皇、冷泉家などの旧蔵書も含まれ、多彩な内容となっている。

(同大学図書館HP「華族会館寄贈図書」解説から)

「華族会館寄贈図書」漢籍・和装本資料の概要と損傷状態

保存修復処置の対象となった資料は10タイトル277点。うち漢籍が213点、和装本が64点。漢籍、和装本ともに綴じ紐の切れや、虫損などの損傷が見られる。漢籍は全体の傾向としておもて・うら表紙に近い本紙数丁に虫損が多く見られる。また、使われている料紙が竹紙と思われ、元々黄みがかっている紙ではあるが、酸化・酸性化による茶褐色化が見られる。また、中綴じが本文に近い箇所で綴じられているため、ノドの文字が見え難い資料がある。和装本は漢籍に比べ、全丁にわたり虫損があり、資料によっては虫糞により丁同士が固着し、開くことも難しい資料がある。

タイトル別の資料の状態の詳細は以下の表を参照。

タイトル

形態

冊数

外綴じ

中綴じ

料紙の種類※1

状態

1

山堂肆考

漢籍

20

外:六ッ目綴じ(康煕綴じ)

中:坊主綴じ2

竹紙

■酸化・酸性化による紙力の低下(10点)

■綴じ糸の切れ、表紙・本文紙の虫損・破れ・染み

2

五礼通考
読礼通考

漢籍

119

外:四ツ目綴じ

中:坊主綴じ

竹紙

■綴じ糸の切れ、表紙・本文紙の虫損・破れ

3

玉海 附十三種

漢籍

17

外:六ッ目綴じ(康煕綴じ)

中:坊主綴じ

竹紙

■綴じ糸の切れ、表紙・本文紙の虫損・破れ

4

欽定書経

漢籍

49

外:六ッ目綴じ(康煕綴じ)

中:坊主綴じ

竹紙

■綴じ糸の切れ、表紙・本文紙の虫損・破れ

5

三才図会

漢籍

2

外:六ッ目綴じ(康煕綴じ)

中:坊主綴じ

楮紙

■綴じ糸の切れ、表紙・本文紙の虫損・破れ

6

太平御覧

漢籍

6

外:四ツ目綴じ

中:二穴の綴じ

楮紙

竹紙3

■綴じ糸の切れ、表紙・本文紙の虫損・破れ

7

常山記談

和装本

30

外:四ツ目綴じ

中:二穴の綴じ

楮紙

■表紙の汚れや摩耗による毛羽立ち、芯材からの剥離

■本文紙に大きな染みがあり(6点)、染み箇所の本文紙の柔軟性の欠如、柱の切れ

■綴じ糸の切れ、角裂の損傷、剥離

8

晏子春秋

和装本

3

外:四ツ目綴じ

中:二穴の綴じ

楮紙

■表紙の汚れ、綴じ糸の切れ、角裂の損傷、剥離

■本文紙の著しい虫損。虫糞による丁同士の固着

9

群書類従

和装本

11

外:四ツ目綴じ

中:二穴の綴じ

楮紙

■本文紙の著しい虫損。虫糞による丁同士の固着

■角裂の剥離

10

白氏文集

和装本

20

外:四ツ目綴じ

中:二穴の綴じ

楮紙

■表紙の虫損、題箋(裂)の損傷

■本文紙はおもて・うら表紙に近い数丁に虫損あり

 

※1料紙の種類は目視による判定である。漢籍資料は竹の繊維以外にも別の繊維が混合されていると思われる。

※2 漢籍は和装本と違い料紙が弱いため、結ばずに一穴に紙縒りを通し、表・裏に出てきた紙縒りの縒りを戻して留める方法。

※3 「太平御覧」は他の漢籍資料より、表紙・本文紙ともに厚い紙が使われている。また、黄みがかった本文紙と白色度の高い本文紙とが混在して1冊に綴じられている。

 

【漢籍】

     
 糸切れ  虫損  虫損
     
 破れ  破れ  見開きの悪さ

 

【和装本】

     
 糸切れ  表紙の欠失  染み
     
 題箋の損傷  角裂の損傷  虫損

処置方針

所蔵館様との協議のうえ以下の方針を立てた。

【漢籍】

■漢籍資料の中で、紙力低下が見られる「山堂肆考」20点のうちの10点については、今後の酸化・酸性劣化の抑制のため洗浄・脱酸性化処置を行う。

■処置後のデジタル撮影を考慮し、頁の捲りの際に損傷が広がる恐れのある小口面の破れや虫損を重点的に修補する。その際、使用する和紙は本紙や本文紙の色に合わせた染色和紙を用いる。

■本文に近い位置で中綴じされ見開きが悪い資料は、デジタル撮影を考慮し、中綴じの位置を替え背側に近い位置で中綴じをする。

 

【和装本】

■虫損が軽度な「常山記談」と「白氏文集」は手繕いによる修補を行い、虫損が重度な「晏子春秋」、「群書類従」は漉き嵌め(リーフキャスティング)による修補を行う。

■表紙の汚れや芯材からの剥離が見られる「常山記談」と「晏子春秋」の表紙は洗浄・脱酸性化処置を行う。また、「常山記談」の本文紙に染みのある資料6点は本文紙も洗浄・脱酸性化処置を行う。

主な処置内容一覧

タイトル

形態

冊数

処置内容

解体

ナンバリング

洗浄  脱酸

漉き嵌め

手繕い

フラットニング

角裂修補

綴じ直し

その他

1

山堂肆考

漢籍

20

〇10点

〇10点


※4

2

五礼通考
読礼通考

漢籍

119

3

玉海 附十三種

漢籍

17

4

欽定書経

漢籍

49

5

三才図会

漢籍

2

6

太平御覧

漢籍

6

7

常山記談

和装本

30


※5

8

晏子春秋

和装本

3


※6

9

群書類従

和装本

11

10

白氏文集

和装本

20

 

※4 「山堂肆考」の洗浄、脱酸性化処置対象の10点の表紙は、スタンプ等のインクがあり、滲む恐れがあるため、水性の処置は避け、Bookkeeper法による非水性脱酸性化処置を行った。

※5 「常山記談」のすべてのおもて・うら表紙、及び本文紙に染みのある6点が洗浄、脱酸性化処置対象。

※6 「晏子春秋」のおもて・うら表紙が洗浄、脱酸性化処置対象。

漢籍の処置工程

①ドライ・クリーニング、解体、スポットテスト

 

②クリーニング・ポケット法※7による洗浄※8、水性脱酸性化処置※9、フラットニング(エア・ストリーム乾燥法)※10

 各処置後溶液

 

処置前平均pH4.1 処置前平均pH7.7

 

③手繕いによる修補

 

<修補前> <修補後>

 

④綴じ直し

 

※7 フィルムと不織布で作ったポケットに資料を封入する方法(弊社特許第4721042号)。資料を保護素材に挟むだけでなく、ポケット内に封入することで、洗浄中に資料がむき出しになる心配が無い。さらに、保護性の高いフィルムで資料を覆うことで、水中での資料にかかる負荷が大幅に軽減される。

<参考>今日の工房2015年11月18日(水)クリーニング・ポケット—水で紙資料を安全に洗う

※8 逆浸透膜(RO)水に水酸化カルシウム水溶液を加えた弱アルカリ水(pH7.5〜7.8)で、汚れや可溶性の酸性物質が出なくなるまで洗浄水を替え、繰り返し行う。逆浸透膜水とは、水道水を何層ものフィルターに通した後、最後に逆浸透膜を通すことで、水道水の中に含まれる不純物を除去した限りなくH2Oに近い水である。これにより、資料の劣化要因となる金属イオンや微生物などを除去することができる。

<参考>今日の工房2015年03月18日(水)修理の各工程で使う水にはこれだけの質が要求されます

※9 紙中に十分なアルカリバッファー(アルカリ緩衝剤)を残すため、水酸化カルシウム水溶液を希釈した液に浸漬する。乾燥の過程で紙の繊維に入り込んだ水酸化カルシウムが炭酸化し、アルカリバッファーとして炭酸カルシウムが残留する。

<参考>今日の工房2014年10月23日(木)新聞資料に対する洗浄・脱酸性化処置

※10 湿った資料を不織布、ろ紙、コルゲート・ボードで挟み、気流によって乾燥させる方法。コルゲート・ボードの波板の隙間から絶えず空気を送ることで、湿った紙を均一かつ素早く乾燥させることができる。従来のフラットニング方法と異なり強い圧力を必要としないため、紙が固くなりすぎず、元の風合いに近い状態で仕上がる。

<参考>スタッフのチカラ「エア・ストリーム乾燥法―大量の湿った紙媒体を早く、平らに乾燥する

 

 

処置前後比較写真

<処置前> <処置後>

和装本の処置工程

①解体、ドライ・クリーニング、スポットテスト

 

②クリーニング・ポケット法による洗浄、水性脱酸性化処置、フラットニング(エア・ストリーム乾燥法)

 各処置後溶液

 

③漉き嵌め(リーフキャスティング)、乾燥、フラットニング(エア・ストリーム乾燥法)

 

<処置前> <処置後>

 

④手繕いによる修補

 

<修補前> <修補後>

 

 

⑤綴じ直し、角裂付け、仕立て※11

 

※11 <参考>今日の工房2017年3月15日(水)和装本(四つ目)を仕立て直す

 

 

<処置前> <処置後>

 

最後に、掲載を快諾下さった学習院大学図書館様に、心より御礼申し上げます。

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