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学習院大学図書館様所蔵「華族会館寄贈図書」資料に対する保存修復処置事例

2015年11月24日高田かおる

学習院大学図書館様が所蔵するコレクション「華族会館寄贈図書」のうち、洋装本への保存修復処置をお引き受けする機会を得た。このコレクションは、同大学で平成26年度よりデジタル化事業が開始され、特に損傷の著しい資料や、アンカット(unopened)の資料で、そのままではデジタル化が困難な資料などが、今回の処置対象となった。対象資料は総数62点、形態は仮綴じ本や革装丁本、クロス装丁本、紙装丁本など様々。以下に形態別に処置の詳細を述べる。

なお、このコレクションは同大学のデジタルライブラリーで平成27年度より公開されている。

「華族会館寄贈図書」とは

明治2年に華族に叙せられた旧藩主・公家たちが、明治7年に結成した団体である華族会館は、明治10年に子弟の教育機関として華族学校(現在の学習院)を設立した。設立の際、それまで華族会館が図書館建設を目的に収集していた図書11,000冊(和漢書:9,159冊、洋書:1,614冊)がそのまま華族学校に引き継がれ、現在の学習院大学の所蔵に至った。

コレクション内容は、華族が利用するために購入した国内外の新刊書や、徳川宗家、松平家から寄贈された古典籍類のほか、明治天皇、冷泉家などの旧蔵書も含まれ、多彩な内容となっている。

(同大学図書館HP「華族会館寄贈図書」解説から)

仮綴じ本への保存修復手当て

資料の状態
仮綴じ本18点。本体の小口が化粧断ちされておらず、アンカットの頁が多数ある。表紙の破れや塵や埃による汚れが見受けられるが、本紙の紙力は保たれている。綴じは元々簡易な綴じで、さらに経年劣化により糸の緩みが生じ不安定な状態である。一部糸が切れているものもある。

 

処置方針
所蔵者様との協議のうえ、仮綴じ本は閲覧等の取扱いを安全に行えるよう綴じ直しを重視し、ハードカバーへの再製本は行わず、将来再製本されることを考慮した、本紙保護のための簡易な表紙を作製するに留める。そのため表紙と本体との接合には糊や接着剤を使用しないことを前提とし、表紙が失われた貴重書のコンサベーション・バインディング(conservation binding)※の代表的な方法の一つとして用いられているリンプ・バインディングの形態を採用する。また、代替化(デジタル化)や今後の利用のため、充分に見開けるように三方を断裁する。

※コンサベーション・バインディング(conservation binding)とは、20世紀半ばごろに生まれた考え方と技術で、「保存製本」と訳すこともある。20世紀半ばまでの「修復製本(restoration binding)」との違いは、「利用されるモノとしての貴重書の保存」を前提としていることである。外観や一時的な耐久性のみを重視した製本や再製本とは対照的に、原形を可能な限り維持しつつ、今後の利用を踏まえての長期的な耐久性・耐用性を考慮した製本や再製本のことをいう。もし、オリジナルの構造が原因で本に負担を与えている場合は、構造を変えることもある。

 

処置行程
①断裁、解体
三辺が化粧断ちされておらず、アンカットの頁は撮影が困難であるため、撮影前にアンカットの箇所を断裁し、一旦ご返却した。撮影後は再製本のため、本体の綴じ糸を切り、括ごとに解体した。

 断裁  綴じ糸のカット  解体後

 

②綴じ直し
新たに綴じ穴を設け、本体の綴じと天地の花裂の支持体に柔軟で丈夫な白なめし革(tawed leather)を用い、糸(麻)で綴じ直した。その後、残りの2辺(前小口、地小口)を断裁した。

 新たな綴じ穴の作製 綴じ直し  花裂編み

 

③新規表紙作製
表紙と背表紙が一体となったコの字型の表紙を作製した。表紙の素材には擬似革の紙クロス(SKIVERTEX)を採用した。このクロスはAcid-Free(無酸)・Lignin-Free(無リグニン)と安定した素材で、柔軟性とともに十分な張りがあり、綴じの支持体を通す穴を開けても裂けにくいので、リンプ・バインディングの表装材として適している。擦れにも強いため、製本後の取り扱いによる損傷も少ない。

 紙クロスに折れ筋・切込みを入れ、接着剤を使わず周縁部を巻き込み、新規表紙を作製

 

④表紙と本体の接合、新規タイトルラベルの作製・貼付
表紙のヒンジ部に穴をあけ、綴じの支持体と花裂の支持体をそれぞれ穴に通し、表紙に綴じ付けて接合した。最後に新規の背タイトルパネルを作製し、貼付した。

 表紙に支持体を綴じ付け、表紙と本体を接合 新規タイトルラベル貼付

 

 <処置前> <処置後>

革装丁本への保存修復手当て

資料の状態
革装丁本27点。革のフル・バインディングのものやハーフ・バインディング、クオーター・バインディングのものなど形態は様々。ヒンジ部の劣化により表紙・背表紙が本体から外れているものが多く、なかには、欠失し本体の背や見返し紙が剥き出しとなっているものもある。また、ヒンジ部の補強のため粘着テープで修理されているものがある。表装材の革は大気中の酸や製造行程での不適切ななめしにより劣化し、赤茶けて表面が割れたり粉状になるレッドロット現象が起きている。ひどいものは粉状化が進み、背の革が崩落し、本体の背が露出しているものもある。本体の綴じは、緩みが生じているものや、一部綴じ糸が切れているものがある。また、本体の背ごしらえの劣化により安定した見開きを維持できず、極端に開いてしまう状態のものが多数ある。表紙周縁部は擦れにより芯材が剥き出しの箇所や、一部虫損が見られる。また、本体の背のラウンドが変形し、前小口の中央が突き出した逆バッケの状態のものもある。

 

処置方針
可能な限りオリジナルの装丁を活かした修理を行う。表紙と本体の接合が不安定なものは、一時的に本体から表紙を取り外し解体する。綴じ糸が切れているものは綴じ直しを行い、本体の背をこしらえ直し、本体と表紙を再接合する。その後、元の背表紙を貼り戻す。背表紙や表紙がないもの、再利用が困難なものは新規に作製する。表装の革はレッドロット現象が見られるため、レッドロット処置をし、粉状となった表面を定着させる。表紙の損傷箇所は似寄りの色に染色した和紙で修補する。

 

処置行程
①解体、レッドロット処置
表紙と本体の接合が不安定なものは、本体から表紙を取り外し、解体した。接合は安定しているものの、表装材の革がヒンジ部で切れているものは背表紙のみ取り外した。レッドロット現象に対する処置として、まず革装部分にリタンニング処置(re-tanning)を行った。アルミニウムトリイソプロピレートとベンジン、そしてエチルアセテートを混合したリタンニング溶液を塗布する処置で、レッドロット現象が起きている革装部分に水分が入ると、黒く変色し、乾燥しても色が回復せず、表面も硬く変質するため、この処置を行うことによって、手当てに糊や水分のある材料を使ってもシミ跡や変色が残りにくくなる。その後、革の状態によってHPC(ヒドロキシプロピルセルロース)を塗布し、粉状となった表面を抑えるレッドロット処置を行った。

 解体 リタンニング処置 HPC塗布

 

②綴じ直し、背ごしらえ
旧背ごしらえを除去後、綴じ糸が切れている資料や緩みが生じている箇所は綴じ直し、本体の背に和紙等を貼り重ね、背ごしらえを行った。接合する際のハネとなる和紙と、見開いた際に背の負担を緩和するホローチューブ(三つ折りにした筒状の紙)を貼りホロー・バック構造を作った。背にバンドがあるものは、ホローチューブの上からバンドをモデリングした。背のラウンドが変形しているものは、旧背ごしらえを除去した後、きれいなラウンドが形成されるよう調整した後、背ごしらえを行った。また、角背の資料は、表紙の開閉の際にヒンジ部に非常に負担がかかるため、背のラウンディングを行い、丸背にこしらえた。

 旧背ごしらえ除去

 

 綴じ直し

 

背のラウンディング

 

 背ごしらえ  ホローチューブ  背バンドのモデリング

 

③表紙と本体の接合、ヒンジ補強
タケッティング法で外れた表紙を再接合した。まず、本体のミミと表紙の芯材に穴をあけて麻糸で結びつけ、表紙と本体を接合した。さらに、表紙芯材に切り込みを入れてスリットを作り、背ごしらえの際に貼り付けたハネを差し込んで貼り、接合を補強した。また、表紙がない資料は中性紙のボードで芯材を作製し、本体と接合した。

 タケッティング①
(本体の耳に麻糸を通す)

タケッティング②
(表紙の芯材に麻糸を通し結びつける)

ヒンジ部の補強
  

 

④新規背表紙作成、表紙修補
ホローチューブの上に更に厚みのある紙を貼り重ね、新規背表紙を作製した。革のフル・バインディングの資料は背表紙の表面がオリジナルの表装に馴染むよう、染色した和紙で覆った。革のクオーター・バインディングで背表紙が欠失している資料は、擬似革の紙クロスで背を表装した。背表紙の天地は紙縒りを芯として厚みを出し、似寄りの色に染色した和紙で覆いヘッドキャップを作製した。表紙のコーナーは芯材が剥き出しの状態で、今後さらに損傷が広がる恐れがあるため、染色した和紙で被覆し補強した。

 背を染色和紙で被覆 ヘッドキャップ作製  表紙周縁部の修補

 

⑤背タイトル貼付、保革
背表紙にタイトルを貼付した。オリジナルの背表紙の再利用が可能なものは、背に貼り戻し、レッドロットの著しい資料に関しては、背表紙表面の剥落防止のため極薄の和紙でフェイシングした。背表紙の再利用が困難なものや欠失しているものは、新規に背タイトルパネルを作製し、貼付した。最後に、全体に保革油を塗布した。和紙で修補した箇所にも保革油を塗布し、質感をなじませた。

 背表紙のフェイシング

 

元の背表紙を貼戻し

 

元のタイトルパネルのみ貼戻し

 

   
 新規作製のタイトルパネルの貼付  保革

 

 <処置前>  <処置後>

クロス装丁本への保存修復手当て

資料の状態
クロス装丁本7点。表装材のクロスの剥離や虫損が著しい。ヒンジ部に損傷が見られ、表紙と本体の接合が不安定で、既に外れているものもある。綴じ糸の切れや緩みが生じているものや、背表紙が欠失し、本体の背が剥き出しのものなどがある。また、本体の括構造の損傷や本紙の破れが目立つ資料がある。

 

処置方針
可能な限りオリジナルの装丁を活かした修理を行う。一時的に本体から表紙を取り外し解体する。綴じ糸が切れているものは綴じ直しを行い、本体の背をこしらえ直し、本体と表紙を再接合する。その後、元の背表紙を貼り戻す。背表紙がないものは新規に作製する。表紙の損傷箇所は似寄りの色に染色した和紙で修補する。

 

処置行程
①解体、綴じ直し
本体から表紙を取り外した。旧背ごしらえを除去後、綴じ糸が切れているものや緩みが生じている箇所は、元の綴じ方(平綴じやかがり綴じ)に倣い綴じ直した。括の補強が必要なものは、括ごとに解体し、本紙・括の修補を行った後、綴じ直した。

 括ごとに解体 綴じ直し(平綴じ) 綴じ直し(かがり綴じ)

 

②背ごしらえ、表紙と本体の接合
本体の背に和紙等を貼り重ね、背ごしらえを行った。接合する際のハネとなる和紙と、見開いた際に背の負担を緩和するホローチューブ(三つ折りにした筒状の紙)を貼りホロー・バック構造を作った。最後にオリジナルの表装に馴染むよう染色した和紙をホローチューブの上に貼り、表紙と色を合わせた。ハネを表紙内側の見返し紙に貼り、表紙と本体を接合した。表紙の虫損が著しく、芯材も虫糞による汚損がひどいものは、再利用が困難であるため、芯材のみ中性紙のボードで新規に作成した。クロスは再利用するため、似寄りの色に染色した和紙で裏打ちし、新規芯材に貼り戻した。

 背ごしらえ

 

接合

 

 表紙芯材の虫損

 

 表紙クロスの裏打ち  中性紙の表紙芯材作製

 

③表紙・背表紙修補
表紙周辺部の損傷は、似寄りの色に染色した和紙で修補した。背表紙は背に貼り戻し、天地は紙縒りを芯として厚みを出し、似寄りの色に染色した和紙で覆いヘッドキャップを作製した。背表紙が欠失していた資料は擬似革の紙クロスで背表紙を表装し、新規に背タイトルパネルを作製、貼付した。

 表紙修補 背表紙の貼戻し 新規タイトルラベル貼付

 

 <処置前>  <処置後>

紙装丁本への保存修復手当て

資料の状態
紙装丁本10点。うちハードカバーが6点、ソフトカバーが4点。ハードカバーは、いずれも背表紙の劣化が著しく、欠失しているものもある。ヒンジ部の損傷が見られ、表紙と本体の接合が不安定で、既に外れているものもある。ソフトカバーは表紙の破れや欠損、汚損が見られる。1点、綴じ糸が切れているものがある。

 

処置方針
可能な限りオリジナルの装丁を活かした修理を行う。一時的に本体から表紙を取り外し解体する。本体の背をこしらえ直し、本体と表紙を再接合する。背表紙の再利用が困難なものは新規に作製する。表紙等の損傷箇所は似寄りの色に染色した和紙で修補する。

 

処置行程
①ハードカバー
ハードカバー6点は本体から表紙を取り外し、旧背ごしらえを除去後、本体の背に和紙等を貼り重ね、背ごしらえを行った。接合する際のハネとなる和紙と、見開いた際に背の負担を緩和するホローチューブ(三つ折りにした筒状の紙)を貼りホロー・バック構造を作った。その後、ハネを表紙内側の見返し紙に貼り、表紙と本体を接合した。オリジナルの表装に馴染むよう染色した和紙をホローチューブの上に貼り、表紙と色を合わせた。天地は紙縒りを芯として厚みを出し、似寄りの色に染色した和紙で覆いヘッドキャップを作製した。その後、オリジナルの背表紙の再利用は困難であるため、新規に背タイトルを作製し、貼付した。

 解体 背ごしらえ  新規背表紙作製

 

②ソフトカバー
ソフトカバー4点は、おもて・うら表紙の汚れをスパチュラやラテックスラバー(天然ゴム)のスポンジを使ってクリーニングを行った後、破れや欠損箇所を似寄りの色に染色した和紙で修補・補填した。その後、本体と表紙を接合し、背を染色和紙で覆った。綴じ糸の切れているものは綴じ直した後、修補、接合した。

表紙のクリーニング 染色和紙で修補 綴じ直し

 

 <処置前> <処置後>

その他資料への保存修復手当て

資料の状態
表紙、背表紙がすべて欠失し、本体のみの状態の資料1点。背ごしらえの劣化により、安定した見開きを維持できず、極端に開いてしまう。綴じは切れや緩みが生じている。本紙には虫損が見られる。

 

処置方針
本体の保護のため、表紙、背表紙を新規に作製する。綴じ糸の切れや緩みが生じている箇所は綴じ直しを行い、本体の背をこしらえ直し、表紙と接合する。

 

処置行程
①綴じ直し、背ごしらえ
旧背ごしらえを除去後、新たに支持体を設けて、綴じ糸の切れや緩みが生じている箇所を綴じ直した。本体の背に和紙等を貼り重ね、背ごしらえを行った。接合する際のハネとなる和紙と、見開いた際に背の負担を緩和するホローチューブ(三つ折りにした筒状の紙)を貼りホロー・バック構造を作った。ホローチューブの上に更に厚みのある紙を貼り重ね、新規背表紙を作製した。

 旧背ごしらえ除去 綴じ直し  ホローチューブ

 

②表紙と本体の接合
本体の厚みに合わせて、中性紙のボード2枚を貼り合わせて表紙芯材を作製し、ハネと綴じの支持体を、ボードの間に挟み込み、接合した。その後、表紙芯材の3辺にやすりをかけ、面取りをした。

接合と芯材の貼り合わせ 面取り

 

③クロス・見返し貼り、新規タイトルラベル作製・貼付
平表紙に布クロス、背表紙に擬似革の紙クロスを貼り、表装した。表紙内側には中性紙で見返しを付けた。最後にタイトルラベルを新規に作製し、貼付した。

 背表紙の表装 見返し貼り 新規タイトルラベル貼付

 

 <処置前>  <処置後>

 

 最後に、掲載を快諾して下さった学習院大学図書館様に、心より御礼申し上げます。

 

処置担当:高田かおる、伊藤美樹、安藤早紀

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