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立教大学図書館様所蔵 洋装貴重書に対する保存修復手当て ―3年間をかけて段階的に洋装本500点を―

2015年11月5日安藤早紀

立教大学図書館様が所蔵する洋装貴重書への保存修復処置をお引き受けする機会を頂いた。まずは貴重書群全体の特色や劣化状態を調査・把握し、図書館様と協議のうえ処置方針を定めた。これに基づいて対象資料を選定し、2013年度から2015年度までの3年間にのべ500点の資料に対して手当てを行い、貴重書群全体の状態の改善を図った。以下に概要を報告する。

1. 立教大学図書館概要

立教大学図書館は、それまで池袋キャンパスに点在していた図書館を統合・一元化し、2012年11月に全面開館した。収蔵可能冊数200万冊、閲覧席数1520席を誇る、国内の大学でも屈指の大規模図書館である。地下には約3000点の洋装本・和装本の貴重書・準貴重書を収蔵する貴重書庫が設けられている。

貴重書庫は、床・壁・天井の外側に空気層を設け、書庫内の温湿度環境を制御している。壁面には国産杉を、壁面の内部には調湿性能と酸・アルカリ吸着性能を持った無機質系調湿材を使用している。温湿度条件は、通年「22 ± 2℃ 50 ± 10%」を維持する仕様である。貴重書庫への前室扉は30 分耐火、貴重書庫扉は2時間耐火で、消火設備は窒素ガス消火設備を採用している。また、照明器具は紫外線吸収膜付蛍光灯を使用している[1]

2. 立教大学図書館様所蔵 洋装貴重書群の特徴と劣化状態

資料の形態としては、18世紀前後の革装丁本を中心に、ヴェラム装丁本、クロス装丁本、紙装丁本、小冊子、一枚ものの紙束がある。A5サイズ程度の小型本から、A3サイズを超える大型で重量のある革装本も多く所蔵され、10冊~数十冊組のシリーズものもある。状態としては、全体として表装の革が劣化した資料が多くみられ、その他に背の割れや表紙が外れた資料、本紙が酸化・酸性劣化し脆くなった資料などがある。

3. 処置方針と対象資料の選定

所蔵館様からは、構造的な損傷があり閲覧に出せない状態の資料への処置と、貴重書群全体の劣化状態に対して対策を取りたいとのご要望が寄せられた。貴重書群の状態に対する処置方法や進め方等をご提案し、所蔵館様と協議した。方針として、貴重書庫全体の状態の底上げを図り、資料が本として不安なく取り扱える状態になることを目指すことにした。また、貴重書という性質上、原装を生かした処置を行うことを原則とした。

具体的には、以下の状態にある資料を修理対象とし、書庫内を調査して対象資料をリストアップし30~150冊程度ずつに分け段階的に処置を進めた。なお、シリーズものは一括して処置対象とし、状態が揃うようにした。

  • 保存容器に収納し、安定した状態で保管することで劣化を予防する必要があるもの。
  • 主に表装の革の劣化が起きているもので、手当てによって状態が改善し、周囲への汚染が予防され、書庫全体の環境が良くなるもの。
  • 構造的な損傷があり、本として取り扱いが困難なもの。

4. 保存修復手当て概要

4-1. 保存容器収納

処置前の状態:対象資料は大型で重量のあるA3サイズ前後の革装丁本と、温湿度の変化に敏感なヴェラム装丁本。大型の資料は製本年代が古く、比較的に頑丈な材料や構造を持った製本がされているものが多いが、縦置き時は自重による負担がかかりやすく、ゆがみのある不安定な状態で長期間保管されていたと思われるものには、ヒンジ部の破損や本体の反り等が生じている。ヴェラム装丁本は、ヴェラムが温湿度の変化に伴い収縮を繰り返すことにより、破損や亀裂、反りが生じている。

大型革装丁本 ヴェラム装丁本

 

処置概要:資料は一点ずつ採寸して保存容器[2]を作製し、収納した。適切なサイズの保存容器に収納することで配架時に安定し、温湿度の影響も受けにくくなる。また、特に重量があるものは縦置きした際、チリ(本体を保護するために表紙が本体より2~5ミリ程大きく作られている部分)の高さの分、本体が下がった状態になりヒンジ部に負担がかかる。そのため、保存容器の底に積層したアーカイバルボードを敷き、チリの高さ分本体を持ちあげて支えるブックシュー(Book shoe)を付けた保存容器を作製した。一部資料は状態に応じて後述の4-2. レッドロット処置、4-3. 構造的な処置を施した上で保存容器に収納した。

 採寸  Book shoe  収納

 

 保存容器の背にはタイトルを印字した
中性紙ラベルを貼付
 再配架

4-2. レッドロット処置

処置前の状態:対象資料は構造的な強度は比較的保たれているものの、表装の革にレッドロット現象が起きている革装丁本。レッドロット現象とは、大気中の酸や製造行程での不適切ななめしにより革が劣化し、赤茶けて表面が割れたり粉状になってしまう現象。取り扱いの際にレッドロットの粉が付着し、本紙や書庫全体の汚染の原因となる。貴重書群でも多くの革装丁本にこの現象が見受けられ、特にレッドロットの著しい資料や冊数の多いシリーズから優先的に処置を行った。

 

処置概要:極細繊維のクリーニング・クロスや刷毛を用いて、資料表面や小口、見返しのドライ・クリーニングを行った。レッドロット現象が起きている革に対して、まずリタンニング処置(Retannage)[3]を行った後、劣化状態に応じて、HPC(ヒドロキシプロピルセルロース)を塗布して粉状となった表面を抑える処置や、極薄の和紙で表面を被覆し剥落を抑える処置を行った。拡大の恐れがある損傷箇所には染色した和紙とデンプン糊で修補を行った。処置後は保革油を塗布し磨いた。これらへの手当てを行ったことで書庫内の革装丁本の多くが手に取れる状態になり、書庫全体の環境が改善された。また一部の資料は形態・状態に応じて、処置後は保存容器に収納した。

 ドライ・クリーニング

 

 リタンニング処置

 

 HPC塗布 保革油塗布  シリーズものを一括して処置

 

 <処置前> <処置後>

4-3. 構造的な修理 

4-3-1. 革装丁本

処置前の状態:対象資料は、構造的に損傷して本として取り扱いに支障がある状態の洋装本。損傷の程度が大きい状態のものとしては、タイトバックの背が劣化して割れているもの、本紙の綴じ外れ、表紙・背表紙の欠失や著しく劣化したものがある。その他に表紙が外れているものや外れかけているものがある。また、破損に対して過去に粘着テープやクロス、品質の良くない革、合成接着剤等で補修が施されたものがある。これらの材料は原装にそぐわないだけでなく、長期保存に耐えない素材であるために硬化や変色が生じ、資料に負担を与えている。損傷の程度が大きい資料から優先的に処置の対象とした。

タイトバックの背の割れ

 

表紙・背表紙の欠失

 

表紙外れ

 

表紙外れ 背表紙外れ 粘着テープによる補修

 

処置概要:革装丁本には、処置の過程でレッドロット処置を施す。綴じ直しや背ごしらえの処置を行った後、表紙と本体を再接合する。なお、原則として、可能な限り元の表紙や背表紙を生かして修理するが、劣化が著しいために再利用に耐える強度が失われており、読み取れる文字情報が無い場合は、新規に和紙等で作製することにした。綴じ糸が切れている場合は背表紙を一時的に取り外し、本紙の損傷箇所を和紙とデンプン糊で修補した後、糸(麻、綿、ポリエステル)で綴じ直した。表紙が外れている場合は、背に貼った和紙のハネや、重量のあるものは糸で結び付けるタケッティング法で再接合した。背を外した場合は、和紙等を貼り重ねて背ごしらえし直した。過去の補修に使用された粘着テープや合成接着剤は取り除き、表紙や背表紙の損傷箇所は染色した和紙で修補した。

 解体

 

劣化した古い背ごしらえの除去

 

綴じ直し

 

 背ごしらえとハネの貼り付け

 

 表紙・背表紙の再接合

 

 タケッティング法

 

 修補

 ヘッドキャップの補強

新規背表紙を作製、
元の背タイトルパネルを貼付

 

 <処置前>  <処置後>

 

※革装丁本の基本的な構造と処置工程については、下記の記事も合わせてご参照ください。

『 「表紙の外れた革装丁本は、どのように修理するのですか?」—ご質問にお答えします。』

4-3-2. 小冊子等

処置前の状態:対象資料は金属綴じの小冊子。本体を綴じているステープルなどの金属は腐食し、本紙は酸化・酸性劣化により紙力が低下して破損している。

 

処置概要:金属は除去した。取り扱いに支障のある破損は、和紙とデンプン糊で修補し、欠損部は染色した和紙で補填した。紙力が低下している資料は、テキスト部分を避けて極薄の和紙で裏打ちし、補強した。修補後、Bookkeeper法[4]による非水性脱酸性化処置を行った。新規の糸(麻、ポリエステル)を用いて綴じ直した。ただし、紙力が著しく低下している資料は、綴じ直しに耐える強度が無く破損が拡大する恐れがあるため、綴じ直しはせずに中性紙封筒に収納した。

 金属除去 Bookkeeper法 綴じ直し

 

<処置前> <処置後>

5. 保存修復処置の経過と今後

2013年度から2015年度までに、283点へのレッドロット処置、101点への構造的な修理を行った。また、これらの修理を行った資料の一部と大型本、計295点を保存容器に収納した。手当てを行った資料は、のべ500点になる。レッドロット処置は比較的簡易な処置であるが、多数の資料に対して施したことで、貴重書群全体の状態・環境が改善した。また、構造的に破損していた資料のほとんどは、取り扱いが可能になった。今後は引き続き未処置の破損資料への処置、保存容器の作製収納を進めるとともに、準貴重書への手当てへと段階を進めている。

最後になりますが、掲載を快諾してくださった立教大学図書館様に、心より御礼申し上げます。

 

処置担当:伊藤美樹、高田かおる、安藤早紀

 

[1] 出典 小圷守 『<新館紹介> 立教大学池袋図書館』 2013.5

[2] 保存容器および材料として使用する無酸・弱アルカリのアーカイバルボードは、紙製保存容器の国際規格ISO 16245:2009、ISO9706:1994に準拠したものを採用している。使用する材料(板紙、接着剤、不活性不織布テープ等)は、ISO18916:2007(改訂 ISO14523:1999)のPAT(Photographic Activity Test)において、材料単独およびそれらの組み合わせ(例 板紙、板紙+接着剤、板紙+不活性不織布テープ)で試験をパスした材料を使用し、さらに、揮発性酸性物検知試験(Acid Detective Strip)により酸性物が発生しないものを用いている。

[3] アルミニウムトリイソプロピレートとベンジンそしてエチルアセテートを混合したリタンニング溶液を塗布した。この処置によって劣化した革に糊や水分のある材料を使ってもシミ跡や変色、硬化が起きにくくなり、構造的な修理や保革処置が可能になる。また、pHを上昇させ、革の状態を安定させる効果がある。(Christopher N. Calnan (1989), Retannage with Aluminium Alkoxides – a Stabilising Treatment for Acid Deteriorated, The Leather Conservation Centre. Conference Proceeding, International Leather-and Parchmentsymposium, International Committee of Museum (ICOM), Arbeitsgruppe, Leathercraft and Related Objects, 8 (12) 1989. Deutsches Ledermuseum, Frankfurt.

[4] Bookkeeper®とは不活性液体に酸化マグネシウム微粒子が分散している液体である。液中の酸化マグネシウム微粒子が紙中の繊維の間に入り込み、紙中および大気中の水分、二酸化炭素と結合して炭酸マグネシウムを形成する。この炭酸マグネシウムはアルカリバッファーとして紙中や大気中からの酸性物質による劣化を予防する。

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