今日の工房 サブメニュー
今日の工房 タグ : コンサベーション(修理)× 絞り込みをやめる
週替わりの工房風景をご覧ください。毎日こんな仕事をしています。
2020年6月10日(水)手繕いによる虫損の修補
虫損のある文書や和装本の修理の際、虫穴の小さいものや、全体のうち数丁・数か所だけに虫損が見られるといった軽度の損傷の場合は、「手繕い」という方法で修補を行います。手繕いとは、本紙の裏側から虫損の穴の周りにデンプン糊を塗り、喰い裂きにした和紙を欠損箇所に貼って一つ一つ埋めていく作業です。
手繕いに用いる和紙は生成りのまま使用することもあれば、本紙の色に合わせて染色和紙を使用することもあります。和装本の場合、何丁も続けて同じような箇所の虫穴を埋めるため、部分的に厚くなりすぎないように和紙の厚みを選び、また、丁が重なった際に和紙の色が濃くなりすぎないよう、本紙よりもワントーン落とした色合いのものを選択するなど、仕上がりをイメージしながら調整します。
手繕いの際は、和紙を喰い裂きにすることで本紙との馴染みが良くなり、本紙と重なり合う部分の段差も目立ちにくくなります。虫損が大きかったり広範囲に及ぶ場合は、和紙を虫損に被せた状態で虫穴より数ミリ大きく水筆でなぞり、ちぎって喰い裂きにした補修紙を使用します。修補後は不織布を被せてろ紙に挟み、シワや引きつれが起こらないよう重石を置いてしっかりと乾燥させます。実際の修理では、虫損以外に破れや老け(水損やカビが原因による紙の繊維化)といった損傷が一冊の中で複合的に起きていることもあるため、資料の状態を見て、繕い以外の方法も含めた適切な処置を選択します。
【関連記事】
『今日の工房』2017年9月20日(水)本紙の破れを修補する時の道具・材料とセッティング
『スタッフのチカラ』2017年6月7日 学習院大学図書館様所蔵「華族会館寄贈図書」漢籍・和装本の保存修復処置事例
2020年5月20日(水)「綴じ」を「抜かし」綴じ上げる
かがり綴じのなかには抜き綴じという技法があります。 通常かがり綴じは、一括ずつ綴じ穴すべてに糸を通し綴じていきますが、抜き綴じはその名の通り、1回の運針で2括ないし3括を交互に「抜き」綴じます。現在の修理製本では主に本文紙が薄い資料や括数が多い場合に、綴じ糸により背幅が膨らみすぎるのを防ぐために用いられていますが、この技法が多用された17世紀、18世紀ごろは、綴じる時間の短縮を目的に用いられることが多かったようです。
今回は文庫本ほどの小型で厚みが6㎝ある資料に、抜き綴じを採用しました。一般的にかがり綴じよりも抜き綴じは強度が落ちると言われていますが、支持体を3本用いて、綴じ穴の数を増やすことで、安定した綴じ上がりとなり、厚みも綴じる前とほぼ変わらない仕上がりとなりました(図②を参考)。
【関連情報】
・『今日の工房』2008年12月12日 洋装本の括(signature)の綴じ方のあれこれ
・ The Art of Bookbinding/Chapter 5 by Joseph William Zaehnsdorf
2020年3月27日(金)虫損が著しい文書修理の第一歩は「剥がす」
折状などの古文書や、糸綴じされている和装本のように、主に和紙を基材とした資料に多く見られる損傷が虫損です。紙の表面を舐めるように虫に喰われていたり、紙束の上から下を貫通するように穴が開いていることもあります。その穴の周りに虫糞を残しながら侵食していくのですが、虫糞が固まって隣の丁の虫穴と固着、さらに隣の丁と固着してしまうため、そこだけ紙が貼りついている様に見えます。虫穴が一箇所、あるいは数カ所だけであれば、ゆっくりめくることで虫糞が落ちて固着を外すことはできます。しかし虫損が全面に生じると、紙束は板のように固まってしまい剥がすことは非常に困難です。
こうした資料の修理をお客様からご相談いただく際、「剥がすために何か機械を使うのですか?」「コツはありますか?」など話題になりますが、何より人手と根気が必要な作業といえます。文字情報を損ねることなく安全な状態で次の処置へ移るために、時間をかけて丁寧に行なっています。
【関連情報】
今日の工房2016年8月24日(水) 虫損がひどい資料へのリーフキャスティング(漉き填め)による修理
2020年3月11日(水)寒川文書館での資料保存ワークショップに出講しました
2月1日(土)、神奈川県寒川町の公文書館、寒川文書館にて開催された資料保存ワークショップ「錆びや傷みから記録を守る」で弊社スタッフが講師を担当しました。
寒川文書館は公文書館法に基づき寒川総合図書館の4階に設置されている公文書館であり、行政資料や古文書、郷土資料等を収集、整理、保存する施設です。今回のワークショップは、文書館利用者やボランティアの方などの町民や地域の一般の方々、寒川文書館館長ならびに職員の皆さまを対象として開催されました。
本や小冊子などへの簡易的な手当てについて、下記のプログラムで資料保存実習を行いました。
* 傷んだ冊子の劣化、損傷の原因、本体の構造、綴じ方について
* 修理に使う道具の説明
* 金属除去、修補、綴じ直し
傷んだ冊子を解体し、普段あまり見ることのない本の内側を観察することで、劣化や損傷が起きた要因を確認しました。
資料の修理には特殊な道具を使用することも多いのですが、今回のワークショップでは修理道具の中でも割とポピュラーなマイクロニッパー、綴じ糸、綴じ針、筆、糊、ろ紙、不織布などの道具を使用し、これらの使い方や注意点についてご紹介しました。
破れてしまったページの修理には水で薄めたでんぷん糊を使います。でんぷん糊は中性であること、水溶性なので後で剥がせることから、資料保存の観点で非常に優れた接着剤ですが「水分量」の調整が肝になり、刷毛や筆への糊の含み具合や塗布後の処理などに気を遣います。とくに劣化資料への修補では、糊が薄すぎると和紙が剥がれたり輪染みになったり、濃すぎると紙がこわばる原因にもなるので、こうした点に気をつけながら実践していただきました。
質疑応答では、資料保存に関する実践的な質問が多く寄せられ、基本技術の習得のみならず、資料の取り扱いを注意することで予防できる損傷も多いことを弊社の事例を紹介しながら解説しました。
ご参加いただいた皆さまに心より御礼申し上げます。
◇具体的な資料の修理手順はこちらで紹介しています。また、弊社で行った資料保存ワークショップはHPで掲載しておりますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。
《関連情報》
・独立行政法人国立女性教育会館主催『アーカイブ保存修復研修』
・私立大学図書館協会和漢古典籍研究分科会主催『古典籍資料の補修実演講座』
・NPO文化財保存支援機構主催『平成30年度文化財保存修復を目指す人のための実践コース』
2020年2月26日(水)壊れてしまった無線綴じの写真集へ、どのような手当てが行えるか。
無線綴じとは、糸や金属等を使用せず、本紙の背を断裁して接着剤で綴じただけの製本方法をいいます。これら無線綴じに用いる接着剤は紙を断面で接着する強度と見開きに沿う柔軟性が求められます。近年はより耐久性や柔軟性に優れた接着剤に移行しつつありますが、従来より無線綴じに使用されてきたEVA系ホットメルト(エチレン酢酸ビニール樹脂を主体とする接着剤。60℃以上の熱で溶解し、常温で硬化する)は、製本後、経年や温度変化により再溶解が始まったり、印刷インクの影響を受けて劣化するとされています。特に写真集のように紙が厚く重い資料には、接着剤の劣化に伴い本紙がバラバラに外れてきてしまっているものが見受けられます。
可逆性のある材料として修理に用いるでんぷん糊等の接着剤は、無線綴じ製本を行う用途には適していないため、構造的な修理を行う際は糸綴じする方法を基本としています。
①綴じ穴をあけて糸で平綴じする処置の場合は、ノド元の余白は十分にあるか、製本後の見開き具合は適切か、糸の強度は十分か等を検討します。
②より見開きの良い方法として、断裁された本紙の背を和紙でつないで折丁に仕立て、糸でかがり直す処置があります。大きく構造を作り替えても元の表紙・背表紙に収まるか、ノド元まで印刷されているページは和紙を貼ることで視認性に影響しないか等を検討します。
③印刷されている画像を重視する場合など、資料の性質によってはあえて構造的な修理は行わず現状を維持するための保存容器への収納のみをお勧めすることもあります。バラバラになった本紙が散逸しないよう、中性紙のフォルダに包み保存容器に収納します。
【関連情報】
『今日の工房』2017年10月18日(水)接着剤で無線綴じされた図録を折丁仕立てに作り直し、きれいに見開くように再製本する。
2020年2月19日(水)資料を安全に取り扱うためのフラットニング作業
本紙の折れやシワによって文字が隠れてしまったり、巻いたり折ったりしたことによって巻き癖や折り目がついてしまった資料に対し、無理に広げたり伸ばそうとすると新たな破れやシワをつくってしまうことがあります。例えば、巻かれたポスターを広げる際に巻き戻る力によって破損箇所が拡がったり、本のページが何枚も重なって折れ曲がっていることに気づかずにめくれば、折り目に沿って破れてしまったりします。このような状態の資料に対しフラットニング処置を行うことで、資料を傷めることなく、安心して取り扱いできるようになります。
フラットニング処置は、資料を加湿した後濾紙に挟み、重石やプレス機などで圧力を調整しながら乾燥させ、紙表面を均一に平坦化する処置のことです。ページの角にみられる折れなどは、湿らせた濾紙を当てて部分的に加湿し、乾燥させることで十分軽減させることができますが、資料のサイズや折れ・シワの範囲が大きくなれば、全体を均一に加湿し、乾燥させることが難しくなるため、フラットニングの回数を重ねたり、こまめに確認しながら行います。特に、トレーシングペーパーのような水に敏感な素材の資料については、必要最小限の水分量をコントロールしながら処置を行う必要があります。
フラットニングを行うにあたっては、使用されているインクや紙に対しての十分な調査はもちろん、資料の持つ情報を把握して、それぞれの資料にあった適切な加湿方法で与える水分を調整し、折れやシワの伸展具合を確認しながら慎重に進めていくことが重要となります。
【関連記事】
『今日の工房』2012年2月16日(木)経年劣化により物理的強度が低下したトレーシング・ペーパーの修復
『今日の工房』2009年6月5日(木)原稿のフラットニング
2020年2月5日(水)保存製本の手法を取り入れた一事例
お客様より製本のご依頼をいただきました。
お預かりした資料は、本紙は綴じられておらず、一葉一括(一枚一折り)の本紙束が表紙に模したコの字型カバーに挟まれ、スリップケースに収納されていました。これを、元のコの字型カバーを表紙として活かし、本体を綴じて製本してほしいとのご依頼でしたが、本の形態に仕立てるには2つの問題がありました。
①本体の背幅とコの字型カバーの背幅が合っていない。約8㎜程度本体の背幅が薄い。
②表紙となるコの字型カバーは、本の表紙を想定して作られていないため、本体と表紙を接合した際に、ヒンジ部に過度の負荷がかかり損傷の原因になってしまう。
上記2点を解決するため、保存製本(コンサベーション・バインディング)の手法を取り入れ製本しました。
まず、①の問題を解決するために、“concertina guard”とよばれる本来は本体の括の背を保護するために用いる方法を取り入れました。蛇腹状に折り畳んだ和紙の間に括を挟み入れて、本体の背の厚みを増し、さらに綴じていく糸でも厚みが増すことで、カバーと本体の厚みの差を調整しました。
次に、②のヒンジ部の負荷を分散させるために、“hinged hollow”と呼ばれるヒンジ部が2段階構造になる方法を取り入れました。この製本方法は1980年代にフィンランドの製本業者が開発した“OTABIND”という方法から発展し、現在は保存製本の一つとして応用されています。今回は、本体の見開きを考慮して表紙側のみ、この方法を取り入れました。
元の角背の構造を活かしつつ、本の開閉時にかかるヒンジ部の負担を軽減することができ、元のスリップケースにも納まるよう仕上がりました。
2019年12月6日(金)オリジナルの背表紙を生かして修理するための事前処置
革装丁本の背表紙は大気や光にさらされていることが多いため、よりレッドロットが進み亀裂や剥落が著しい状態になっているものが見られます。これらの革装丁本に対して、背表紙にある箔押しのタイトルや装飾を出来るだけ生かして修理を行いたい、というご相談をいただきます。
背ごしらえをし直す、表紙を再接合するといった構造的な修理を行うために、一時的に背表紙を取り外す場合がありますが、劣化した革は大変脆くなっているため、崩さずに現状を維持したまま取り外せるよう、あらかじめ養生の処置を行います。まず、革装部分には前処置としてリタンニング処置[※1]を行います。その後、でんぷん糊で和紙を貼って、ひび割れた表面を仮止めし養生します。乾燥した後、養生の和紙を支えに箔押しの状態を確認しながら、隙間にスパチュラを差し込んで取り外していきます。構造的な修理が完了した後は、背表紙を貼り戻し、養生の和紙はイソプロパノール水溶液で湿りを入れて取り除きます。欠失部分は染色した和紙で補い、オリジナルの背表紙を最大限生かして、見た目にもなじむように仕上げます。
レッドロットが著しく、オリジナルの背表紙が生かせない場合には、新規の背表紙を作成する修理も行います。
[※1]リタンニング処置: アルミニウムトリイソプロピレート、ベンジン、エチルアセテートを混合したリタンニング(re-tanning)溶液を塗布する処置。レッドロット現象が起きている革装部分に水分が入ると、黒く変色したり表面が硬く変質する。この前処置を行うことで、糊や水分のある材料を革装部分に使用してもシミや変色が残りにくくなる。
【関連リンク】革装丁本への保存修復処置事例
2019年11月1日(金)松竹大谷図書館様が所蔵する映画スクラップ帳のデジタル化に伴う解体・簡易補修を行いました。
公益財団法人松竹大谷図書館は、1958年に開館した演劇・映画専門の私立図書館です。歌舞伎や演劇・映画に関する資料約48万点を無料で一般公開しており、所蔵する資料の保存・活用、施設の保全・運営のための資金を募るクラウドファンディングプロジェクトを2012年より毎年継続して行っています。
2017年のクラウドファンディング「第6弾 歌舞伎や映画、銀幕が伝えた記憶を宝箱で守る-映画スクラップ帳の保存プロジェクト-」では、弊社がオーダーメイドで制作したアーカイバル容器を導入しています。
映画製作当時の記事や写真が貼り込まれた映画スクラップ帳は、作られた年代によって劣化状態に差があり、特に戦前から昭和27年までに製作された映画のスクラップ帳は、紙質が悪く、経年劣化によって表紙から内部まで傷みが進んでおり、保存が大変難しい状況でした。そこで、今回、今後の利用でさらに破損が進む恐れがあるスクラップ帳の中から、松竹京都製作作品を対象に、文化庁が進めている「アーカイブ中核拠点形成モデル事業(撮影所における映画関連の非フィルム資料)」に申請、これが採択され資料の保護と活用のためのデジタル化を行うことになりました。本事業で弊社はデジタル撮影する前のスクラップ帳の解体・復元、簡易補修といった処置のご依頼を受けました。
お預かりした映画スクラップ帳は、新聞の切り抜き記事や写真のほか、大型ポスターなども貼りこまれ、重なったまま貼られている箇所は情報が見えない等々–、そのまま撮影するには困難な状態でした。そこで、必要な見開き具合を確保するための解体処置と、重ね貼りの箇所は一度はがし位置をずらして再度貼り込み、閲覧可能な状態にする処置を行いました。また、撮影者が取扱いに支障がなく安全な撮影ができるよう、破損しやすい箇所を和紙で補強したり、利用による劣化防止のため簡易補修も行いました。
弊社でお預かりしている映画スクラップ帳の処置の様子を松竹大谷図書館武藤様、井川様が見学され「松竹京都映画スクラップの補修見学@資料保存器材工房」として、同館のクラウドファンディング新着情報でご報告しています。処置を終えた映画スクラップ帳は株式会社インフォマージュでデジタル化撮影を行い、さらに弊社で元のスクラップ帳の形態へ綴じなおす復元作業を行います。作製したデジタルデータは今後、通常の館内での閲覧や、Web公開などの活用を検討されているそうです。
【関連リンク】
組み立て式棚はめ込み箱
2019年9月18日(水)修補の際は、色々な厚みの和紙を使い分けています。
修補の際は、本紙の厚みによって使用する和紙の厚みを調整しています。例えば、重量のある本の背ごしらえや、厚みのある表紙の欠損箇所の補填には厚手の和紙を用いたり、破れの修補を行う際には、薄手の和紙を使用することで修補箇所に厚みが出ないようにしています。
また、紙力が低下した資料で表面に文字が記載されている場合は、文字情報を生かしつつ、取り扱いに支障が出ないように極薄の和紙を使用して表打ちや裏打ちを行うなど、本紙の厚みだけではなく、目的によって使い分ける場合もあります。この他にも、数種の和紙を貼り合わせて必要な厚みを出したり、本紙の質感によっては、楮以外にも、雁皮や三椏を原料とした和紙を使うこともあります。
数ある和紙の中から、本紙の厚みや質感、損傷具合、利用用途などに応じて最適なものを選択しています。
【関連情報】
『今日の工房』2019年8月22日(木)明治大学平和教育登戸研究所史料館様が所蔵する終戦時に書かれた女学生の日誌の修理とデジタル化を行いました。
『今日の工房』2018年7月18日(水)紙力が著しく低下したものの薄葉紙での裏打ちは、噴霧器での糊さしと不織布の補助で。
2019年8月22日(木)明治大学平和教育登戸研究所資料館様が所蔵する終戦時に書かれた女学生の日誌の修理とデジタル化を行いました。
明治大学平和教育登戸研究所は戦前に旧日本陸軍によって開設された研究所で、現在は明治大学生田キャンパス内の一画に資料館として、当時の登戸研究所の活動や研究内容を中心に公開しています。
今回修理のご依頼を頂いた資料は、群馬県立前橋高等女学校に在学中、登戸研究所で研究開発した風船爆弾の製造に動員された女学生の日誌で、弊社へご依頼頂いた経緯や資料の概要について、資料館のご担当者様より、ご依頼の経緯と資料の概要について、以下のようなコメントをいただきました。
[ご依頼の経緯、資料の概要]
原蔵者の方は、昭和19年に2年生だったそうなので、終戦時の年齢は15,6才位でしょうか。当時は学校へ行っても、勉強はほとんどできず、毎日農家の手伝いや軍需工場に動員されていました。この原蔵者の場合、ある日突然、学校自体が風船爆弾の工場となり、女学生が分担してつらい作業をさせられることになったそうです。
今回修復していただいた史料はそうした動員作業など当時の学校生活について記した日誌3冊のうちの一冊です(他の2冊は紙質はよくないものの比較的状態がよい)。ノートにその日の作業内容や感想などを書き、学校の先生に渡して報告していたそうです。ところどころ、赤ペンの書込みがありますが、赤ペンは先生が記入したものだと言う事です。
補修した史料は8月15日前後の日誌で、この時期風船爆弾製造作業はしていなかったようですが、終戦当時の状況や女学生の心情が記されている貴重なものです。風船爆弾は登戸研究所で研究開発したもので、直径10mの和紙製気球に爆弾を付けてアメリカ大陸を攻撃する兵器です。その和紙の貼り合せなどには、日本全国の女学生などが動員され、学校が製造工場になった所も多かったそうです。
約一万発が打ち上げられ、一割位がアメリカ大陸に到達したと推定されています。風まかせで飛ぶので、多くは砂漠や山に落ちて山火事程度の被害しか与えられませんが、山に不時着した風船爆弾にたまたまピクニックに来ていた子供達が触れて6名の犠牲者が出ています(アメリカ本土ではこの戦争による唯一の犠牲)。
原蔵者は8月15日に敗戦を知り、くやしい気持ちを激しい調子でこの日誌に綴っています(「悔しさと敵愾心で胸がかきむしられる」「血も涙もないヤンキー」「きっと仇をとる」など)。軍国主義の教育を受けた当時の女学生としては、一般的な心情だったようです。ですが、十数年前風船爆弾に関するテレビの取材を受けた時、自分たちが作った風船爆弾で子供を含む6名の方が亡くなったことを初めて知り、大変なショックを受けたそうです。以後、自分は戦争の被害者というだけはなく加害者でもあると、風船爆弾製造に動員された時のことを積極的に後世に伝えるようとされています。
今回修復した日誌はこの「8/15」の記載があるため、あちこちへ持ち出して見せたり、読み聞かせたりしていたようです(取材をうけたテレビ番組でもボロボロの状態なのに丸めて、当該箇所を示す様子が写ってました)。そのため元々3冊の中でも一番紙質が悪かったのにさらに状態を悪化させてしまったのかもしれません。そのため、今回この日誌の修復をお願いした次第です。
[資料の状態]
形態はパルプ紙を基材としたA5サイズのノート。ほとんどが鉛筆書きによるものだが、所々に赤ペンによる書き込みが見られる。酸化・酸性化による紙力の低下が著しく、特に全ページにわたって見られる水損による染みの箇所の傷みが顕著で、既に欠失している箇所も多数あり、現状は頁を捲るのも困難な状態である。
[処置概要]
今後の利用や展示などへの活用を踏まえ、取扱いに支障がなく、閲覧可能な状態になるよう処置を行い、デジタル撮影(担当は株式会社インフォマージュ)もあわせて行った。具体的には資料の紙力強化をはかるため、一枚の本紙に対して表打ちと裏打ちの両方を行った。その際、文字情報をできるだけ阻害しないよう、極薄の和紙(3.6 g/m2)を用いて行った。また、酸性劣化の進行を抑制するため、Bookkeeper法による非水性脱酸性化処置を行った。
デジタル撮影は処置後に行ったが、元々本紙の文字が鉛筆書きで薄く、本紙の茶褐色化により現状でも読みにくい状態ではあったが、処置後はさらに表打ちにより文字が読みにくい状態となったため、デジタル画像上で文字を強調する画像加工も行った。
処置後の資料は、原本は資料館様で保存され、加工データからのコピーは原蔵者様にお渡ししたとのことです。
原蔵者の方は思い入れのある日誌がボロボロになっていくのを気にしていらっしゃったそうで、処置後の資料を見て、大変きれいな状態になり、コピーも大変読みやすいとご満足いただいたとのご感想いただきました。
2019年7月18日(木)汚れた紙資料の水性処置では、洗浄の前にまず「濡らす」ことがなぜ重要なのか?
2019年6月19日(水)共立女子大学図書館様の貴重書1900点のカビ被害のクリーニングから保存容器収納まで。
共立女子大学図書館様の所蔵する貴重書に対して、資料の一部にカビ被害が発見されたことを機に、資料と書架の一斉クリーニングを行い保存容器を導入して再配架しました。
貴重書室の資料は洋書・和書約1900点。まず資料全点を無酸素パック「モルデナイベ」にパッキングしてカビ残滓等の飛散を防止した状態で別室に運び出し、そのまま無酸素状態を3週間以上維持させて殺虫とカビ抑制処置を行った。経過後は開封し、ブラシを装着したHEPAフィルター付き掃除機で資料表面や小口に堆積した塵芥やカビ残滓を吸引した後、消毒用エタノールをしみ込ませたクリーニングクロスでふき取ってクリーニングを行った。
空になった書架は清掃し、「棚はめ込み箱」をはめ込んで、クリーニングが済んだ資料を再配架した。和書の布帙は、破損やカビ跡が見られるものが多かったため「タトウ式保存箱」に入れ替えた。重量がある大型資料は一点ずつ「タトウ式保存箱」「組み立て式シェルボックス」に収納することで、安定して配架、取り扱いできるようになった。
一連の工程のうち、無酸素パック「モルデナイベ」へのパッキング作業は、共立女子大学図書館スタッフの方々により行われました。「モルデナイベ」はスタッフ様自らが館内でのご使用可能です。ぜひご活用ください。
2019年6月12日(水)ロール・エンキャプシュレーションのサンプルを作る。
ロール・エンキャプシュレーションとは、一辺だけを溶着した2枚のポリエステルフィルムの間に、ポスターや図面などの比較的大きなサイズの紙資料を挟み、フィルムごと巻いた状態で保管する方法です。
資料をむき出しの状態で丸めて保管していると、周辺部に折れや破れが起こりやすくなります。ロール・エンキャプシュレーション処置により、そのような物理的な損傷からの保護に加え、A1サイズを越えるような大きな資料でも省スペースで収納することができます。
工房では、経年による変化、特に、長期間保管した後にロールを開いた際の巻癖の強弱を確認するために、挟み込む資料のサイズや厚み、紙質等、あらゆる場合を想定したサンプルを作成して実際の処置の参考にしています。例えば、直径の大きさの異なる筒にサンプル資料を入れ、直径の大小により、元に戻した時の巻癖の違いがどの程度、資料に影響するかなどを検証しています。
【関連情報】
『今日の工房』2018年2月21日(水)フィルム・エンキャプシュレーションの現在(1)
『今日の工房』2018年2月28日(水)フィルム・エンキャプシュレーションの現在(2)
『今日の工房』2018年3月08日(木)フィルム・エンキャプシュレーションの現在(3)
2019年5月29日(水)夏休み明けの書庫にカビを発生させないために今、できること
昨年は猛暑が続いたこともあってか、特に夏休み明けの8、9月、さらに10月になってからも、書庫の資料にカビが生えてしまったので何とかしたい、という問い合わせをたくさんいただきました。ここ数日の5月とは思えない猛暑を体感すると、今年の夏も昨年並みになりそうで、カビ被害が増えるのではないかと心配しております。
昨年のカビ発生要因として一番多かったのは空調管理の不備によるものです。
・メンテナンスを怠り、空調が故障していた。
・冬の間、除湿器を停止し、そのまま春夏もつけ忘れてしまっていた。
など、特に閉架書庫などで人の出入りが少なく、気づいた時にはカビが発生していた、といことが多かったようです。
カビ胞子は空気中どこにでも存在するもので、カビが好む環境が整えばすぐに活性化したカビとなります。上記のような書庫の場合は、空気中に浮遊しているカビ胞子が資料表面の塵や埃を温床とし、空調の停止により湿度があがり、カビが活性化したということです。
これからの季節に備え、今の時期に書庫の空調の確認、資料のクリーニングをお勧めいたします。
2019年4月24日(水)紙の酸性度を測るためのメルク社のpHストリップの使い方。
資料の修理にとりかかる前の作業として、カルテの作成、状態撮影、スポット・テストとpH測定(※1)があります。なかでも、紙の酸性度合いをみるためのpH測定は、紙媒体記録資料の修理においてかかせない工程のひとつです。
和紙に墨書きされた文書や版本とは異なり、種類が豊富な近現代の文書や書籍の紙は、その劣化要因も損傷状況も様々です。特に、近現代の資料は、酸性紙問題(※2)として指摘されるように、紙の内部で化学的な酸性化が進むことで、紙力低下、それに伴う破れや欠損などの重篤な物理的損傷につながる恐れがあります。
こうした紙に対する修理技術の一つとして、紙中の酸を中和し内部にアルカリ・バッファー(※3)を残すための「脱酸性化処置」があります。pH値は、その化学的損傷度合いと、脱酸性化処置が問題なく、また、万遍なく行われたかを見るための指標として計測されます。pH値と、中和後のアルカリ・バッファー量とは全く別のものではあるものの、劣化度合いを測るためのいくつかある指標の中で、紙の保存性と密接につながっているといえます。
pHは、元々液体の水や水溶性の液体の酸性やアルカリ性を示す指標ですが、固体である紙にはそのままでは適用できません。厳密に紙のpHを測るときは、細かくカットした紙片を水の中に入れて、しばらく置いてから電極式のpH計測器で測定(JIS P 8133 1)しますが、この方法はいわゆる破壊的なサンプリング・テストになるので、修理の工程で行われることはほぼありません。代わりに使用されるのが「pHストリップ」です。これは、指示薬が塗布されている面をわずかな水分で濡らし、紙の表面と接触させ、その変色具合でpHを測定するという方法で、弊社ではメルク社のpHストリップを使用しています。
この方法で計測するのは紙の表面pHなので、厚みがあるものや、水の浸透性がよくない紙の内部のpHを測ることはできません。ただし、裏まで水が抜けるような紙質であればかなり正確に測定できます。
pHストリップの指示薬は水に濡れても色移りすることはありませんが、あまり水分が多いと、計測する紙の方がヨレたり、輪染みといわれる円形のシミを作ってしまうことがあります。pH測定もスポット・テスト同様、接触させる面をなるべく最小限に留めるために、例えば指示薬部分を半分に切って使用したり、計測後はすぐにろ紙を当ててしっかりと水分を取り除いたり、もちろん、水に滲むようなインクや色材の箇所では行わないなど、事前の準備を整えて行います。
[測り方]
①pHストリップを縦半分に切り、指示薬の部分も半分くらいにカットする。ポリエステルフィルムなどの小片を、計測する紙の下に敷く。
②蒸留水(脱イオン水であること)で、pHストリップの指示薬のついた面を湿らせる。浸したり、スポイトなどで滴下する。余分な水分はろ紙に吸い取らせる。
③指示薬の面を紙表面にあてて、上からもう一枚のフィルムで挟みマリネする。指で軽く押さえたり、ごく軽い重しを載せる。
④1分ほど経ったらストリップを外して、変色具合をカラーチャートと比較しpH値を確認する。
※1 pH:「水素イオン濃度指数」のこと。0~14までの数値によって水溶液の酸性またはアルカリ性の程度を表す。水溶液中のイオン化した水素イオン(H+)と、対極する水酸化物イオン(OH-)が同量存在するときが中性(pH7)、水素イオン濃度が上回ると酸性、逆に水酸化物イオンが多いとアルカリ性を示す。pはポテンシャル(potential)、Hは水素(Hydrogen)。
※2 酸性紙問題:紙の製造過程において、サイズ剤(にじみ止め)である「ロジン(松ヤニ)」の定着剤として、「硫酸アルミニウム(硫酸バンド)」が、19世紀後半から1980年代にかけて生産された紙に用いられた。硫酸アルミニウムと紙中の水分が反応することで強い硫酸が生成され、これが触媒となって紙のセルロースを加水分解し破断させる。さらに、硫酸の脱水作用により、潤滑油のような役割を担っている紙中の水分が奪われ、繊維の角質化が起こり紙が脆くなる。製造から50年足らずで紙力が極端に落ちてしまう資料が図書館やアーカイブズに大量に所蔵されていることが世界的な問題となり、これを契機に、中性紙の国際規格制定へとつながった。
※3 アルカリ・バッファー:紙中や大気中の酸性物質による劣化を予防するために紙に保持させるアルカリ残留物。ISO9706:1994 Paper for documents Requirements for permanence(永く残る紙)で定めている長期保存用紙の場合、「乾燥重量比で2%の炭酸カルシウム相当量を含んでいること」とされるが、文書や書籍の紙として長期に置かれ、かつ、すでに酸性化した紙に対して行う中和後のバッファー付与で、これだけの量を残留させることは難しい。
2019年2月20日(水)修理前に行うスポット・ テストとサンプリング・ テストとは?
修理にとりかかる前に行う作業として、カルテの作成、状態撮影、さらにスポットテストとpH測定があります。このうちスポット・テストは大別すると2種類に分けられ、目的がそれぞれ異なります。
まず一つは、資料の基材となる紙やイメージ材料に対して、スポット(点)状に試薬を接触させて行うテストです。このテストでは、処置に使用する水溶液や溶剤に対し、修理対象となる紙やインクがどのような反応を示すかを見ています。例えば水に「滲むか滲まないか」だけでなく、その程度や感度、脆弱性をみることで、想定する処置をより具体的にシミュレーションすることが可能となり、場合によってはこの段階で処置方法を再考し、より効果的な手法に転換できることもあります。簡便さ、速さが利点ではありますが、試薬を接触させることで見た目を変えることがないよう、テスト範囲は最小限に留める必要があります。一紙面の中でもどの箇所で行うべきかは慎重に判断しなければなりません。
もう一つは、本紙から落ちた微細な破片や、資料を構成する付属材料(粘・接着剤など)に対して試薬を用いて行うサンプリング・ テストです。反応をみるためのスポット・テストとは異なり、本紙や付属材料に含まれる物質を識別するために行います。精密な検査を求める場合はより専門的な分析機器が必要になりますが、修理の方向性を見定めたい時には短時間かつ目視で分かりやすく判別することが可能です。例えば試薬の一つにデンプンを検出する「よう素よう化カリウム溶液」があります。これは、過去の補修時にデンプン糊が使用されたことが分かれば、その補修紙を除去する際、デンプン糊の接着力を緩ませるために水を用いた水性処置は効果的で安全性が高いという判断ができます。
2019年1月16日(水)厚い台紙の写真アルバムを修理する。
厚い本文台紙の端を接着剤で貼り合わせて冊子状にした写真アルバム。貼り付ける写真の紙の厚み分を、台紙の端をL字に折って作り、折ったところを隣りの台紙の端に貼り合わせている。
表紙が外れ、台紙の切れや剥がれが起きている。剥がれた台紙を貼り合わせたのち、背ごしらえして表紙と再接合する処置を行う。一般的な書籍の場合は見開いた際に背を支えるよう、和紙をしっかりと貼り重ねて背ごしらえを行うが、この形態の資料は台紙が厚く柔軟性がないため、厚い背ごしらえを行うと見開けなくなってしまう。そのため、和紙の他に薄くとも強度がある寒冷紗を背ごしらえに使い、柔軟な動きに対応できる背を作った。
2018年12月5日(水)東京都美術館様のアルバム貼付写真6,650枚への保存手当てを承りました。
公益財団法人東京都歴史文化財団東京都美術館様より、アルバムに収められた写真や文書のアーカイブズ資料への長期保存手当てのご依頼を承りました。
▶︎対象資料:工事記録や展示記録などの写真資料
アルバム点数:73 冊
写真・文書点数:約 6,650 枚
資料サイズ:1cm 四方のキャプション~A4 まで様々
アルバムの台紙、粘着剤、粘着テープには、酸化・ 酸性化による変色が見受けられた。また、写真画像の周辺が銀鏡化しているものもあった。
写真や文書を台紙から取り出すにあたり、スパチュラなどを用いて慎重に外した。写真の裏面に残った粘・ 接着剤は、ヤスリなどで取り除いた。台紙に直接書き込まれたキャプションは、中性紙に情報を出力した。処置を終えた資料は、サイズに応じたリフィルへ、オリジナルの並び順に入れた上で、リング・バインダー式保存容器に収めた。
サイズも形態も様々なアルバム 73 冊に収納されていた写真・文書資料が、14 箱の新規保存容器に収まったことで、書庫内の省スペース化にもなり、また容器が均一に揃ったことで、検索や閲覧の際も扱いやすくなったと、お客様から感想をいただきました。
2018年10月24日(水)和装本の中綴じに用いる紙縒り(こより)をつくる。
中綴じとは、表紙を綴じつけるまえに、本紙部分だけを紙縒り(こより)で綴じる作業です。和紙でできた紙縒りはやわらかさと強靭さを併せ持ち、綴じあがりの最後に叩いて潰すことで結び目がしっかりとしまり、表紙をつけた際もふくらみが目立ちません。
和装本の中綴じに使用する紙縒りは社内で1本1本手作りしていますが、指で縒って作るのは時間がかかる上、意外とコツのいる作業でもあります。しかし、身近に手頃な木の板があれば、どなたでも簡単に紙縒りを作ることができます。
長さ20~30㎝、幅3㎝程にカットした和紙を噴霧器で軽く湿らせた後、角を少し指で縒ってきっかけを作り、手に持った木の板を作業台にこすり合わせるように縒っていきます。最後に両端をピンと引っ張ってからよく乾燥させると、真っ直ぐでへたらないきれいな紙縒りが出来上がります。手で縒った紙縒りに比べて、少し固い仕上がりになりますが、早くて簡単、大量に作ることができます。
同じタグの記事
-
スタッフのチカラ2015/12/02資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング
-
スタッフのチカラ2009/12/04アーカイブの紙資料の保存-理論と実践
-
スタッフのチカラ2009/12/03ブック・コンサーバターになるには
-
スタッフのチカラ2009/06/02リグニン含有紙に対する漂白効果試験 (Ⅰ)
-
スタッフのチカラ2009/04/30中国古籍の修理 ― コンサーバターのために
-
スタッフのチカラ2009/03/31金鑲玉
-
スタッフのチカラ2006/06/26革装丁本を和紙で治す-外れた表紙の再接合
-
スタッフのチカラ2006/06/13わら半紙資料等への微少点接着法による反らない裏打ち
-
スタッフのチカラ
-
スタッフのチカラ2001ゲタのはきかた、あずけかた
-
スタッフのチカラ1990表紙は外れたままでよい— 貴重書の修復と資料保存 —-