今日の工房 2021年 6月

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2021年6月28日(月)野外彫刻展作品をおさめた写真アルバムの修理

野外彫刻といえば、都市景観の向上や地域振興、歴史伝承などを目的に設置された作品や、周辺の自然景観を取り入れた作品、風景のアクセントになるような作品など、様々な場面が思い起こされるのではないかと思います。1980年代以降「パブリックアート」に代表される様に、誰でも気軽に、日常的に鑑賞できる美術作品として確立してきましたが、それよりも以前、1950年代からおよそ20年以上にわたり、一般の人々が鑑賞できるようにという目的で開催された野外彫刻展において、多くの作家達に対して原材料と作品発表の場を提供し、制作活動の支援を行なっていたのが、小野田セメント株式会社(現太平洋セメント株式会社)でした。

 

セメントは一般的に土木・建築構造物の主な材料ですが、その中から彫刻の素材として作家に提供されたのが「白色セメント」でした。1951年、東京都立日比谷公園における第一回野外展示の開催には、まだ戦後間もない時代、心の癒しと回復の祈りが込められ、また、一般の人々は白色セメントの純白さに神聖なイメージを持ち、彫刻作家達を含めた多くの人々が新たな時代への希望・期待のメッセージとして受け取りました。その後1973年まで、会場や趣旨を変えながら小野田セメント協賛による彫刻展が続けられました。

 

今回、太平洋セメント株式会社様より修理をご依頼いただいた資料は、当時の野外彫刻展の展示風景、作家による制作風景、出展作品などを撮影した写真が貼られたアルバムです。写真の褪色は見られるものの状態は良く、何より画像として残る唯一の記録であるとのことで、当時の活動の取組みをうかがい知るためにも大変貴重な企業アーカイブズ資料です。

 

処置はアルバム構造の補強を目的に進められました。損傷状態として、本体から表紙が外れ、ノド元にあたる台紙のつなぎ目が破断しページがバラバラになっている箇所があり、また、外れた表紙と本体を繋げるために、背表紙や内側の見返しに粘着テープやクラフト紙が貼られ、ベタつき、変色、一部粘着力の低下による剥がれが見受けられました。そのため、テープ類の除去、台紙の損傷・破断箇所の修補、表紙と本体の接合を行いました。

 

また、この形態の写真アルバムは、大きく見開いた際に台紙がノド元で切れて破損しやすい構造をしているため、閲覧の際に開きすぎないよう、120°程度の見開きでアルバムを支える書見台を併せて製作しました。

 

事例掲載にあたり、太平洋セメント株式会社の高橋恵子様、ならびに、国立新美術館アソシエイトフェロー坂口英伸様にご協力を得ました。誠にありがとうございました。

 

「白色セメント」:セメントの製造過程で、成分中に含まれる鉄分を少なくした白色のポルトランドセメント。化粧モルタル、タイルの目地詰めなどに用いられる。

 

 

【参考文献】
坂口英伸「戦後日本の野外彫刻展に関する研究 ー小野田セメント株式会社による協賛を読み解く」『NACT Review 国立新美術館研究紀要』第5号、国立新美術館、2018年
坂口英伸「小野田セメント株式会社によるセメント彫刻の設置とメンテナンス活動に関する考察」『屋外彫刻調査保存研究会会報』第6号、屋外彫刻調査保存研究会、2020年

 

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2021年6月18日(金)重量のある額縁に入った絵画を収納する保存箱を製作しました。

絵画作品の額縁は、大きな肖像画作品を飾るために用意された彫刻のような額縁で、総重量が40kgもあります。さらに、前面の保護ガラスの重さが加わり、桁違いの重量がありました。額縁のレリーフは、木地に石膏を塗り成形し金箔で装飾された古典技法で作られており、石膏が剥がれ、突き傷や擦れた跡が随所にみられました。

 

今回、収蔵庫スペースの都合から縦置きに保管する必要があり、箱の仕様設計にあたっては、取り扱い面と荷重に耐えられるだけの十分な強度の確保に配慮した工夫を保存箱に施しました。

 

保存箱の仕様は台差し箱をベースに、額を固定するL字スペーサーを四隅に取り付け、取り外しができるブロック状のスペーサーを側面に組み込みました。各スぺーサーの内側は補強が施されており、頑丈で堅牢なつくりです。スペーサーは作品を支える部材として、また、荷重に対して保存箱の反りやたわみなどの変形も抑える効果もあります。

 

絵画の裏面には展示用の金属ワイヤーが付いており所々が凹凸していたので、箱の潰れ・穴あきを防ぐため、内装に文化財保護用フォーム材のプラスタゾートを一面に施工しました。蓋の内側にも、額縁の表面に沿うように微調整されたプラタゾートを設置し、レリーフに負荷がかからないようにしました。

 

 

 

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2021年6月3日(木)没食子インクで書かれた祈祷書の保存修復手当て

京都大学東南アジア地域研究研究所図書室様より、貴重書の保存修復処置を承りました。対象資料は、フィリピン史学者の旧蔵書からなるフォロンダ・コレクションの祈祷書。1850年代に作られたと言われるイロカノ語の手稿本で、表紙に華やかな装飾が施された縦12cmほどの小型革装丁本です。本紙は、酸化・酸性劣化による変色と紙力低下で紙の柔軟さが失われているため、周縁や折り目に亀裂、破損、欠損が生じやすい状態でした。さらに、没食子インク部[※]と周辺の紙がもろくなり、‘インク焼け’による文字の脱落が部分的に起こっています。

 

[※]没食子インク:タンニンと酸化鉄が反応してできる黒いインク。没食子インクによる紙の劣化は‘インク焼け’(ink corrosion)と呼ばれ、インクの主成分である鉄イオンと硫酸の触媒作用によって引き起こされる。

 

この資料は、デジタル化を含めて今後も活用され続ける大変貴重な資料であることから、長期保存のために劣化要因を取り除き、閲覧の際に不安なく利用できるよう修補を行いました。

 

 

保存修復処置工程

①事前調査:資料の基材やイメージ材料へのスポットテスト、処置で使用する水溶液や有機溶剤に対する耐性を確認した。

②ドライ・クリーニング:先端が柔らかい刷毛で資料表面の埃や塵を取り除いた。

③解体、粘着テープ除去:綴じ糸を切り本体を解体して表紙を取り外した。破損箇所に貼られた粘着テープを除去した。

④レッドロット処置:表装の劣化した革にリタンニング処置を行い、HPC(ヒドロキシプロピルセルロース)のエタノール溶液を刷毛で塗布し表面の状態を抑えた後、保革油を塗布し馴染ませた。

⑤水性洗浄、抗酸化処置、脱酸性化処置:①のスポットテストの結果から、使用する水溶液への耐性が確認できたので、洗浄、脱酸性化処置、抗酸化処置を行った。インク等の書写材料と本紙の破損状況を考慮し、水性処置はクリーニング・ポケット法(浸漬法)で行った。逆浸透膜(RO)水に水酸化カルシウム水溶液を加え弱アルカリ性(pH7.5〜7.8)に調整した洗浄水に浸漬し、汚れや可溶性の酸性物質が出なくなるまで、一定時間おきに洗浄水を替え繰り返し行った。洗浄後、フィチン酸カルシウム水溶液による抗酸化処置を行った後、炭酸水素カルシウム水溶液に浸漬し脱酸性化処置を行った。処置後は第二鉄指示薬紙の反応が無くなり、十分なキレート効果を確認できた。本紙の処置前のpHは平均2.5、処置後は平均7.3まで上昇した。

⑥修補:染色した和紙(楮)で破損が拡大する恐れがある箇所やインク焼けの剥落部を重点的に、ファイバー・ブリッジ法(和紙を繊維状にほぐしたもので損傷部分を繋ぎ留める)で修補した。

⑦保存容器への収納:本紙への負担を考え、綴じ直しは行わずに保存容器へ収納した。

 

 

現在この資料は、高精細なデジタル化撮影を経て京都大学貴重資料デジタルアーカイブで公開されています。

 

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ『prayer book in Ilocano』

 

 

この度の事例紹介にあたり、京都大学東南アジア地域研究研究所図書室様より掲載のご協力をいただきました。誠にありがとうございました。

 

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