今日の工房 2021年 4月

週替わりの工房風景をご覧ください。毎日こんな仕事をしています。

2021年4月23日(金)和装本にみられる虫害

和装本では虫の食害によって背や天地に1~2mm程の小さな丸い穴が開いているのをよく目にします。外側から見るとごくごく小さい穴ですが、その穴はトンネル状に長く続き、外観からは想像出来ないほど内部を大きく食い荒らしていることがあります。被害が拡大すると、虫糞や唾液によって頁同士でくっついてしまい、開けなくなってしまうこともあります。そのような虫損が著しい和装本を解体すると、その犯人が姿を見せることがあります。お預かりする資料の中には、虫損の跡に虫の死骸が残っていることがあり、画像の虫はシバンムシの成虫になります。この虫は書籍、漢籍、古文書に最も深刻な食害を与える害虫です。

 

紙資料に穴をあけて食べ進む虫は主にシバンムシ類で、代表的な書籍害虫としてフルホンシバンムシやザウテルシバンムシなどがいます。それらが幼虫の時期に、和紙やデンプン糊、資料に堆積した埃などを食べて栄養源にしています。穿孔状に貫通食害するのが特徴で、虫損の周りには虫糞や粉状のかじりカスを残し、利用する際にパラパラと細かな粒状の虫糞が落ちてきて、書架や隣接する資料も汚してしまいます。

 

このような虫による被害を予防するためにも、資料の点検や書架の清掃を定期的に行うことが大切になります。また、粘着トラップを設置し、どのような虫が発生しているか捕獲して、種類の同定、侵入状況を調査することも害虫の早期発見に繋がります。

 

『シバンムシ類の成虫は餌を食べずに交尾・産卵して死亡します。卵から成虫になるのに1~数年かかると言われております。タバコシバンムシやジンサンシバンムシなど一般家庭で見られるシバンムシ類ではもう少し短く、温湿度が成長に好条件の場合には卵から成虫になるのに2~3ヶ月程度です』東京文化財研究所 TOBUNKENNEWS no.69,2019,p.45-p.47 Column 文化財害虫のシバンムシ類について(保存科学研究センター・小峰幸夫)

 

こうしたシバンムシ類の生態から、一匹でも幼虫が確認された書籍には卵が残されている可能性があり、数か月後に幼虫が発生してしまうことも考えられます。すでに虫が発生した資料に対しては、脱酸素剤とガスバリア袋を用いた無酸素パックMoldenybe®モルデナイベによる殺虫処理をお勧めします。袋の中には脱酸素剤を入れるだけで、他の化学薬剤を使用せず、なおかつ材質への影響がほとんどない方法で、資料にも人にも安全です。殺虫が完了した後はそのまま密封状態で保管し、昆虫の侵入が多いような劣悪な環境内においても、封入した書籍をさらなる虫害劣化から守ることもできます。

 

 

【関連記事】
・『スタッフのチカラ』 2015年12月2日 
資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング 

・『スタッフのチカラ』 2015年11月24日 

学習院大学図書館様所蔵「華族会館寄贈図書」資料に対する保存修復処置事例 

・『今日の工房』 2017年3月9日(木)
殺虫処理が館内で簡単・安全・確実にできる無酸素パック『Moldenybe®モルデナイべ』の大型サイズをラインアップしました。

続きを読む

2021年4月16日(金)棚板に高強度な樹脂製パネルを用いた、引き出し付き保存箱

過去のブログ記事で紹介した『今日の工房 2020年6月18日(木)大判の絵図を収納するマップケース型の専用保存箱』引き出し付きの保存箱に、棚板の強度を高める改良を加えました。

 

以前製作した引き出し付き保存箱は、棚板内にアルミ製の角パイプを組み込み、これをアーカイバルボードで覆うような構造でした。そのため一棚ごとの貼り合わせ工程が多く、箱の骨組みになる大事な箇所になるのですが、1箱を完成させるまでに大変時間がかかりました。今回製作した改良版は、箱の構造材と棚板に厚み約8㎜のポリプロピレン樹脂製パネルを使用し、内壁のパネルにアルミパイプを梁のように取り付け棚板を下から支える構造にしました。高強度化の要になるこの連結方法で耐荷重性能が格段に上がり加工時間も短縮され、強度面で金属製の棚にも引けを取らない頑丈さを持たせる事ができました。(画像では、撮影のためパネルとアルミパイプをテープで仮止めしています)。組み上げた棚板ユニットをアーカイバルボードで作成した保存箱の外装パーツに貼り合わせて仕上げます。この樹脂製パネルは中芯がハニカム構造で、高強度・超軽量、曲げ剛性もあり変形しにくいという特徴があります。一般用途では電気自動車の内装材や家具にも採用されています。

 

保存箱は移動式書架のスチール棚にぴったり収まるサイズで設計されています。また、書架のどちら側からも資料の取り出しができるように保存箱の両面に扉が付いています。3段の引き出しトレイ付きで収納効率もよく資料へのアクセスもし易くなりました。

 

 

【関連商品】
トレイ付き棚はめ込み箱 

 

【関連記事】
・『スタッフのチカラ』2012年07月20日東京大学地震研究所図書館様におけるトレー付き倹飩式棚はめ込み箱の導入事例 
・『スタッフのチカラ』2011年10月21日明治大学博物館様所蔵「時田昌瑞ことわざコレクション」いろはカルタの収納事例 

・『今日の工房』2011年4月7日 

続きを読む

2021年4月7日(水)修理を通して知る『ちりめん本(縮緬本)』の魅力

明治時代に生まれた絵入りの本に「ちりめん本(縮緬本)」と呼ばれている書物があります。多色刷り木版の挿絵と活版印刷の欧文活字を和紙に印刷し、後から織物のちりめん生地によく似た細かい皺(凹凸)加工を施し和綴じされた欧文和装本です。そのしなやかで温かみのある独特の手触りと、錦絵のような色鮮やかな美しい挿絵から、異国情緒の溢れた書物として日本を訪れた外国人に大変人気だったそうです。ちりめん本は外語学習用に作成されたとも言われていますが、その実態や刊行されたタイトルがどれほどあったのかということについては、未だ熱心な研究が続いています。

 

弊社では、ちりめん本の修理をご依頼いただく事があります。その損傷は、柱の切れや角裂の擦り切れ、綴じ糸のほつれ、紙のヤケ、シミなど、和装本に似た傷みがほとんどですが、なかにはこのユニークな書物ならではの損傷を目にすることがあります。それは、本紙の袋綴じ部分が意図的に切り開かれている、という損傷です。旧来のヨーロッパの製本では、本の小口を断裁せずに仮綴じして仕上げた状態(アンカット本とよばれ全ページが袋綴じの状態)で販売し、ペーパーナイフを使って、袋綴じ部分を開きながら読み進める習慣があり、読み終わったら自分好みに製本するというのが一般的でした。そのため、日本から持ち帰られたちりめん本の袋綴じの構造を見て、アンカット本と認識してしまい、本紙の柱(袋綴じした版本の中央部分)をカットした、という経緯が思い起こされます。本紙数丁をカットしたものの袋綴じの内側は裏白であることに気付いたのか、途中からカットされていないものもあります。こうしたちりめん本の損傷から、今もあるような文化の違いを知るとても興味深い発見と楽しさがあります。

 

ちりめん本の修理について付け加えると、水分を多く含むと和紙に施した柔らかいクレープ状の加工や元々のしなやかな手触りがとれてしまうため、修補で使用する糊の水分量や折れ伸ばしの加湿調整、さらにフラットニングの圧力加減などに慎重さを要します。

 

続きを読む

2021年4月1日(木)香雪美術館様のご依頼で刀装具(とうそうぐ)を収納する保存箱を製作しました。

香雪美術館は朝日新聞社の創業者・村山龍平が蒐集した日本、東洋の古美術コレクションなどを収蔵する美術館として昭和48年(1973)に開館しました。所蔵品は、仏教美術、書跡、絵画から茶道具、武具に至るまで幅広く、重要文化財19点、重要美術品33点を数えます。広大な敷地内にある旧村山家住宅は、和洋の建物を擁する明治、大正期の邸宅の面影を今に伝え、国指定重要文化財となっています。また、同美術館が開館45周年を記念し、新たな展示施設として2018年にオープンさせたのが中之島香雪美術館です。大阪屈指のビジネス街である中之島エリアの中之島フェスティバルタワー・ウエスト4階にある美術館では、村山コレクションが順次公開されています。

 

今回、刀装具(とうそうぐ)を収納する保存箱のご依頼をいただきました。およそ600点ある刀装具は昨年から調査が進められており、さまざまな形や種類の刀装具を分類・整理するための保存箱を製作しました。

 

保存箱は、鍔、目貫、笄(こうがい)などの各刀装具の寸法に応じて、一つの箱内で、分かりやすく収納できるよう、簡単に取外し組み替え可能な仕切りを設けました。刀装具を収納する各部屋には、資料番号と資料画像を印刷したラベルが貼られ、資料情報を一目で識別でき、出し入れ等などの管理が楽にできます。また、保存箱の外寸を揃えたことにより、保管する収蔵棚やキャビネットに無駄なく納まり、取り扱いがし易い状態になっています。

 

本稿の掲載ならびに写真の撮影・使用にあたっては香雪美術館様の多大なるご協力を頂きました。誠にありがとうございました。

 

 

【関連記事】
・『今日の工房』2020年12月4日(金)

郷土玩具(土人形・土鈴)を収納する仕切り付台差し箱の製作 めぐろ歴史資料館様の事例

・『今日の工房』2020年8月20日(木)

たばこと塩の博物館様からのご依頼で「嗅ぎたばこ入れ」を収納する保存容器を製作しました。

続きを読む
ページの上部へ戻る