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2023年12月19日(火)和装本修理の舞台裏:無酸素パックMoldenybe®モルデナイベの殺虫効果と虫害のひどい和装本の修理について
最近、和装本の修理の仕事で、虫害がひどいものがありました。本を動かすたび、黒い粒状の虫糞が砂のように舞い散り、表紙から本文まで大量の虫食いによる損傷が目立ちました。表紙は題箋や装飾紙までが食い荒らされ、芯材がむき出しになっていました。本紙も同様に食害がひどく、ページ同士が固着し開くことが難しいほどの状態でした。
こうした和装本への被害を引き起こすのは、「シバンムシ」と呼ばれる昆虫です。被害は主に幼虫が与え、書籍や古文書、巻物などに穿孔して食害します。成虫は幼虫の餌となるものの表面やくぼみに産卵し、孵化した幼虫は、その内部を食べながら成長します。成長した幼虫は表層近くまで移動し、そこで蛹室(ようしつ)をつくって蛹化(ようか)します。春先になると、この穴の中で蛹となり、このとき糞やかじり屑を唾液で固めて蛹室をつくるため、紙がくっついて開きにくくなります。その後、成虫になり円形の脱出孔を開けて外に脱出します。成虫は餌を食べずに交尾・産卵し死亡します。卵から成虫になるのに1~数年かかると言われており、温湿度が成長に好条件の場合には卵から成虫になるのに2~3ヶ月程度です。シバンムシは一度発生すると、特殊な殺虫処理をしない限り被害を抑えることが難しい厄介な害虫です。
シバンムシの主な発生時期は5~10月で、冬眠せずに幼虫の姿で越冬します。成虫が発生し始めるのは5月で、今回の依頼も初夏から梅雨明けの時期でした。修理に取り掛かる前に、まずは無酸素パック『Moldenybe®モルデナイベ』を使い害虫を駆除しました。
封入時の様子 | 3週間後の様子 |
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ガスバリア袋内に6冊組の和装本2点と脱酸素剤を封入して酸素濃度を0.1%以下の無酸素状態で書籍中の害虫を駆除します。この殺虫処理は20℃前後の室内常温で3週間にわたり行いました。3週間後、袋を確認すると、シバンムシの死骸が本の外側に散在しているのを確認しました。袋内の酸素が次第に減少する中、シバンムシは息苦しさに抗いながらも光と空気を求めて、外の世界に逃れようとしたのでしょうか。3週間で書籍のシバンムシの成虫と幼虫に対して100%の殺虫効果が得られ、モルデナイベによる無酸素処理の効果を肌で感じる実例となりました。
その後は本を袋から出し、表面のクリーニングを行った後、虫損箇所にこびりついた虫糞を丁寧に取り除き、1丁ずつの状態になるよう解体しました。殺虫処理の際に出てきたシバンムシはほんの一部で、本紙の中にも多くの死骸がありました。本紙の欠損部は丁寧に繕い、虫損でレース状になってしまった本紙については、裏打ちにて補強し、その後、仕立て直しを行いました。
無酸素パック『Moldenybe®モルデナイベ』は、ガスバリア袋内で資料を密閉する保管法としても有効で、新たな害虫の侵入を防ぐことができます。殺虫が完了した後は密封状態で保管し、資料を使用する際に清潔な場所で開封し、使用後に新しい脱酸素剤とともに再び密閉することで、劣悪な環境でも書籍を虫害から守ることができます。
▶タバコシバンムシは、文化財を損傷させる害虫のなかでも、特に無酸素の環境に強いとされています。アメリカのゲッティ文化財保存研究所(GCI)が2003年に発行した文献によれば、この害虫は温度25.5℃湿度55%RHの条件下で、成虫は120時間(5日)、蛹は144時間(6日)、卵の状態では192時間(8日)で駆除できることが確認されています。この文献は、文化財害虫を無酸素環境で駆除する条件を示した唯一のものであり、非常に貴重な情報源となっています。著者である保存科学者の前川信氏は、無酸素保存における予防保存技術の先駆者として知られています。
(文献) The Use of Oxygen-Free Environments in the Control of Museum Insect Pests by Shin Maekawa and Kerstin Elert 2003(GCI)
https://www.getty.edu/conservation/publications_resources/books/oxygen_free_enviro.html
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・一般的な文化財害虫を100%致死させるのに必要な無酸素処理時間 (PDF)